86 / 92
第二部 兄が来た! 19
深森はほんの一瞬、頭とふわふわの耳が写る程度に卯乃を画面の前に晒しただけで、すぐに自分の背後に隠してしまった。
番を護ろうとする甥っ子の強い防衛本能に、画面の向こうで義叔父と叔母が顔を見合わせて微笑み合った。
「サッカー一筋だった深森に好きな子ができたって義姉さん嬉しそうだったけど。そのうちこっちに連れてきなさいね」
「ん」
「それで。どんな風に調子が悪いんだ」
「 昔から季節の変わり目に体調を崩すと、本性の姿に戻る……、らしい。咳してて、声が出にくい」
自分が直接卯乃から聞いたわけでないので深森は複雑な感情を抱えながら訥々と質問に答えた。
「なるほどな。本性の返りが。身体が弱い個体にはたまにある現象だ。一般に繁殖に適した春秋生まれは身体が丈夫な傾向で、夏や特に冬生まれは虚弱になりやすい。本性の獣の名残りが残ってると言われているな」
「……卯乃は三月の初めの生まれだ、春というのは少し早いな」
「そうか。弱ると本性の姿に戻ったままになるのは幼い子には割とよくあることだな。成長と共に落ち着いてくる。体力が回復したら自然に人の姿に戻るだろうから心配するな」
「体力の回復か……。どうしたらいい? 風邪みたいな症状だ。熱は……測っていないけど少し熱い気もする」
「免疫力が落ちてるんだろう。熱が上がったら太めの血管を冷やして水分を多めに取らせてあげなさい。まあ月並みだが、夜はもう遅いし様子を見て明日病院に連れて行くといいとしか言えんな。ところで、こんなこときくのはあれかもだが、その子のご家族は?」
「……一人暮らしをしてる」
「そうなのね。寮に遊びに来ていて体調を崩しちゃったの? それじゃあ家に一人では帰せないわね」
叔母がいい風に解釈をしてくれたので深森は一度は黙って頷いたが、すぐに違うと首を振った。
「……このところ体調が悪かったのに、俺の新人戦が近いから気を使って、普段通り接してくれていた。それで俺は気づくのに遅れたんだ。情けない彼氏だ」
グッと唇を噛みこみ、深森は悔しげに喉で唸った。
「そうなのね。でもきっと、あなたの事を想うからこそ、何も気にせずにサッカーに打ち込んでもらいたかったんじゃない? 誰だって好きな人を応援したいものよ」
これまで卯乃から受けた数々の親切を思い出し、深森はぎゅうっと膝に置いた拳を握りしめた。
「それは、俺も同じだって。どう伝えたらいい?」
「深森……」
「夏に俺がこっちの暑さに慣れずに体調を崩した時、卯乃に『暑さに弱いのは種族の弱点であって、君が悪いわけじゃない、誰だっていい時もあれば悪い時もある、深刻に悩むな』と言われたんだ。俺はそれまで自分の体調管理が上手くできないのは未熟さのせいと自分を責めてばかりいた。誰にも悩みを打ち明けられなくて意地を張った。それでまた心身ともに落ちて、悪循環にもがいて……。だけど卯乃から自分の駄目な部分を認めて、周囲に助けを求めることは勇気がいるが大切なことだって教えて貰えた。だから俺も……、同じことを卯乃に言ってやりたい。いつも元気で明るい卯乃が、季節の変わり目に体調を崩すなら、今度は俺が支えてやりたい。誰より俺の手を真っ先に取って、助けを求めて欲しい。愛するって喜びだけじゃなく、苦しみも分かちあいながら生きることだって思うから」
背後で絹連れの音がして、深森の首にするっと細く白い腕が巻き付く。背中に僅かな重みと温みを感じなが、深森はその手小さな手を柔らかく握った。
画面の向こうで叔母が「あっ」という声を上げて口元を両手覆う。
叔母と義叔父はまた仲良く顔を見合わせると「安静にするんだぞ、おやすみ」とタップをして画面を閉じた。
「みも……、ご」
涙声の卯乃がグッと体重をかけて後ろから必死に抱き着いてくる。深森はその腕に手をかけて「聞かれたか」と少し照れの滲む声で小さく呟いた。
ともだちにシェアしよう!