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第二部 兄が来た! 20
(深森……、オレ本当はね。深森とオレとじゃ全然釣り合わないんじゃないかって思うこともあったんだよ)
卯乃は沢山いるちっぽけな兎のオスで、勉強の出来もまあ、努力して普通よりちょっとだけ良い程度だ。あれほど部活が忙しい中でも単位を落とさない深森と比べたらできて当たり前だと思う。
手先も不器用ではないが、まあ、そこそこ。
スポーツはあまり得意でなく、体格で押し負けるせいもあるけれど、球技なんてからきし駄目だ。
身体を動かすことで得意なのはダンスぐらいで、だけどサッカーや野球、バスケットボールと、スポーツを観戦するのは好きだ。
屈強な身体の男たちが競い合う姿を見ると、自分もあんな風に思うとおりに身体が動かせたらどんなにいいだろうと思う。
だから深森がサッカーのフィールドで躍動する姿を見るのが好きですごく興奮する。
正確にボールの軌道を読み、抜群の反射神経でボールをはじき出す技術が凄いし、広い視野でフィールドを見回し、味方に指示を出す姿は頼もしいばかりだ。時には雄叫びと取れるほどの咆哮を上げ、チームを鼓舞する姿などは震えるほどに格好がいい。
最初はニャニャモに似ていることばかりに気を取られていたけれど、普通に考えて深森のスペックの高さには男としてちょっぴり、いや大分コンプレックスを感じてしまっている。
今では卯乃も仲良くなった熊獣人のチームメイトが「あいつは高校サッカーでも名の知れた選手だったんだぜ。プロの誘いも出ていただろうが、一旦進学をしたって話だ」と言われて友としては誇らしかった。
だが、恋人としてみると、素晴らしい深森に、もっとふさわしい人がいたのではないかと落ち込んでしまう。
そんな深森と思いがけないタイミングで出会い惹かれ、深く愛し合うようになったが、本来何のとりえもない自分と深森とでは住む世界が違う、交わらぬ人生を送っていたのではないか。
日頃ご機嫌が良いことが多く、明るくくよくよしないように見える卯乃だが、このところは体調が優れなくて、夜になるとそんな風に考えて落ち込むこともあった。もっともっと、深森の為に出来ることはないかと模索して、それで無理をしてあっさり季節の変わり目に体調を崩してしまった。情けないと思う。
本性の姿に戻って寝込んでしまうような恋人なんて、愛されるのに足る存在なのだろうか。もっと深森にはふさわしい相手がいるのではないだろうか。
春に出会い夏に恋をして秋に愛を深めて、そして寂しい冬を前にして、卯乃は深森にとっていつも癒しや気持ちの拠り所に慣れる自分でなければ、深森が卯乃と付き合うメリットなんて何もないと勝手に思いつめしまっていた。
だから深森の心の内を聞いて、卯乃は心細さから凝り固まっていた心に張った薄氷が割れ、溶けて、涙と一緒に流れていく。
無言でううっと嗚咽を漏らしながら後ろからぎゅうぎゅう抱き着いていたら、されるがままになっていた深森が首に回った卯乃の腕を引きはがすと後ろを振り向いて座り直す。
「大丈夫か? 苦しいのか?」
卯乃はかぶりを振ったが、本当は苦しくて堪らなかった。苦しい、苦しい。
深森の心の内を知って、苦しくてたまらない。
(深森ぃ。愛おしすぎて、胸が苦しいよ)
「……やっと、二人きりだな」
胡坐をかいて座る深森の膝の間に向かい合って座ったら、すっぽりコートの中に隠すようにしまい込まれた。
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