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数時間前のことを思い出して湊も無意識に鼻に触れそうになって、その手をおろす。開けてすぐに、洗ってもいない手で触れるのは控えたい。アサヒの言葉に答えながら、ふとさっきあの男に触れられたリップピアスに触れる。
心地よい温度の指は暑くも冷たくもなくて、溶けるみたいに違和感なく唇に触れてきた。一瞬だったのに、まだその感覚が残ってる気がする。
「あ、湊くん。次コレそこの棚に詰めといてー」
「は、はーい!」
アサヒの声に意識が引き戻されて、慌てて駆け寄って段ボールを受け取り、また作業に戻った。
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ピアススタジオのアルバイトの仕事内容はほとんどが雑用で、ピアッシング器具の在庫補充や掃除、発注、SNS運用など幅広い。湊はほとんど裏方だけど、表に出ればピアス販売も行っているし、隣のタトゥースタジオも系列店でそれらの応援に行くこともある。
スタッフはみんなアサヒのナンパにより集まっていて、かくいう湊も高校時代にそこのコンビニで「ピアス、いいね!僕と働かない?」と声をかけられとんとん拍子でバイト先が決まった。
おつかれさまでーす、と隣にも声をかけて店を出る。繁華街のど真ん中に店があるため、夜は小心者の湊には刺激的すぎるもので溢れてる。イヤホンをつけていつものように俯いて足早に駅に向かう。おにーさん、おにーさんとイヤホンをつけていても聞こえる大声で絶えず掛けられる客引きの声を無視して繁華街を抜けると、ホッと息をついた。
明日は土曜日だから、電車もいつもより浮かれて酔った人で溢れていた。うるさいのは苦手だ。ずっと聴いているインストのアルバムからランダムに選ばれた曲の音量を上げる。リュックを胸に抱えて、顔を伏せた。
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