10 / 36

2

 その日は、何かが始まるような、とうの昔に忘れたはずの不思議な高揚感で気分が良かった。  暖気と寒気の衝突で起こる鬱陶しい梅雨の時期。寄生先の女の家のテレビの中で、綺麗に髪を結いた気象予報士が指示棒で指したこの地域には雨に打たれる傘のマークが揺れていたけれど、今のところは水を含ませたタオルのような、はたまた咥えた煙草の先から昇る煙のような、どんよりと鼠色をした雲が空一面を覆い尽くしているだけだ。  ぼぉ、と空を見上げながら煙草を吸っていると、見覚えのある集団を見つけた。丁度ジョーダンをしていた|大陽《たいよう》がひっくり返った視界で嶺二の姿を確認したようで、飛び起きて大きくこちらに手を振る。  大陽の「嶺二だ!」という声に弾かれたように彼らがこちらを向き、口々に嶺二の名を呼ぶ。 「呼び捨てにすんな、嶺二さんって呼べ」 「嶺二、一年ぶりだ!どこ行ってたの?」 「どうせ女の家だろ」 「子供でもできたんじゃね?」 「知ってるぜおれ、そーゆーの、ヤリチンって言うんだぜ」  うるせー。口をパクパクとさせて我先にと話す彼らはまるで餌に群がる鯉のようだ。俺は餌か?  ポリポリと頭を掻きながらしゃがみこんで地面に煙草の先を押し付ける。そのままポイッと投げ捨てるとまた、「ポイ捨てしやがった!」「大人なのに!」と非難の声を浴びせられる。 「うるせえ。それより大陽、ジョーダンもうすっかり様になったじゃん」 「ほんとか!?」  話を逸らすついでに大陽にそういってわしゃわしゃと頭を撫でてやると、今度はおれはおれは!と我先に特訓の成果を披露し始める。  いちばん小さいのだと一回りも年の離れた彼らを見ていると、クズで冷徹漢と罵られる嶺二にも、情のようなものは湧いてくる。

ともだちにシェアしよう!