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1年半前、もう二度やらないと封印したダンス。物心ついた時から何十年も、毎日毎日水をやって、愛情を注ぎ続けてきた自らの宝を、たった一度の破綻で捨てられるはずがなかった。
16ビートの曲が耳に流れ込んでくる。瞬間、世界の音が消えた。キン、と耳鳴りがしそうなほどの静寂のあと、嶺二を乗せる音だけが身体中を巡る血液と共に体内に流れる。
血が沸き立つ。セロトニンが分泌され続けているのがわかる。女とのセックスでも満たされなかった身体が震えて、燃える。
ああ、やっぱり俺、|ダンス《これ》が好きだ。
曲がふっ、と消えた途端、目の前の景色も雑音もじんわりと霧が晴れるように徐々に鮮明に戻ってきた。はぁ、はぁ、と乱れた呼吸を整えながら、たった1年半年でこれ程までに身体がなまってしまうのかと衝撃を受ける。そんなことは知らなかった。1日だって、ダンスから離れたことがなかったから。たった数分で身体中から汗が滴るのも、熱い身体も、とても懐かしく感じる。
高揚した。楽しい、好きだ。俺はこれだけあればいいんだ。自分のちっぽけな意地で捨てようとしたものの大きさを自覚する。今更、体の一部を捨てるなんて出来るはずない。
はは、と心からの笑みが洩れて、すっきりした表情で顔を上げた瞬間、両肩を凄い力で掴まれる。前傾していた身体をグイッと起こされ、驚いて見開いた双眸いっぱいに、この世のものとは思えないほど整った、いや、嶺二の貧相な語彙力では表しようも無いほどの美しい顔が数センチの距離にいる。
驚きのあまり声が出ない嶺二の顔は大層間抜けだっただろうが、目の前の美人はそんなこと気にも留めていないようで、唇が触れそうなくらい、互いの吐息が交わるくらいのとんでもなく近い距離で、嶺二の人生を一変させる言葉を口にした。
「俺が、君を誰より輝く一等星にする」
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