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第9話

 頭で湯が沸けるほど煮たち、講義を受ける気分ではなく家に帰って来た。  鞄を乱暴に部屋に放り投げたが、カメラバックは慎重にテーブルに置くちくはぐさが可笑しい。なにやってんだろ、と冷静な方の自分がせせら笑う。  航のことを理解しようとすればするほど、壁が高くなっている気がする。好きな食べ物、嫌いな食べ物がわかっても、航がどうしてレンズをみられないのか、どうしてモデルを休業しているのかも知らない。  知らないことを数えた方が圧倒的に多いと思う。  面倒くさいと思っていたのに、また航のことを考えている自分に嫌気がさす。  冷房を最低温度に設定し、布団を頭から被った。もうなにも考えたくない。  うつらうつらと眠気が襲ってきて、あと少しで夢の世界にいけるというところに着信を知らせる音が響いた。ディスプレイを確認すると智美だ。  「いおちゃん? いまどこにいるの?」  「家」  「え、嘘。なにかあった?」  「なにもない。ただ暑くて疲れただけ」  「……ならいいんだけど」  「じゃあ寝るわ」  智美の返事も待たずに通話を切り、電源を落とした。もうなにも頭に入れたくなかった。

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