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第10話

 トントンと一定のリズムを刻む音で意識が浮上する。どうやらあのまま寝てしまったらしい。  布団から顔を出すとキッチンに人の姿があった。  「……誰?」  「あ、起きた? 台所借りてるよ」  「どうして家にいるんだ?」  「お母さんに合鍵渡してたでしょ。それを借りて来たの」  智美が包丁を片手ににっこりと微笑む。  「なんで?」  「さっきから質問多いな。いおちゃんを慰めにきたの」  鼻歌交じりに野菜を切り、ガスコンロから鍋がぐつぐつと煮え、カレーの匂いがする。  「航くんに酷いこと言っちゃったの?」  「……別に本当のことだし」  「あらら、そんなに拗ねちゃって」  くすくすと智美は笑うが、こちらは面白くもなんともない。智美を睨みつけても背中を向けられているので意味がない。  「どうせ短気起こして色々言っちゃったんでしょ。言ったあとにうじうじするの、子供のときから変わってないね」  「うじうじなんて」  「してるじゃない。いおちゃんは落ち込むと布団に籠もる癖あるんだから」  なんでも知ってるよ、と智美は得意げな笑みをつくる。人の言動に聡い智美には伊織の考えなどお見通しなのだ。  「よく人のことみてるな」  「そんなことないよ。家族だからわかるの」  部屋中にカレーのスパイスの匂いが広がってきて、自然と腹が鳴った。  「航くんは不器用な人なんだよ。そういうところ、いおちゃんと似てるね」  「どうしてそう言い切れるんだよ」  智美は包丁を置き、天井を見上げた。  「演劇サークルの公演準備でホールに機材を運んでいるとき、航くんが手伝ってくれたの。最初睨みつけるような顔をしてたからいやいや手伝わなくてもいいと断ったんだけど、黙って運んでくれた。彼の後ろ姿がいおちゃんとだぶってみえて、この人不器用なんだなぁって」  たくさんの荷物を抱えた智美をみて、途方に暮れている航の姿が浮かんだ。手伝うべきだと思う反面、声をかけるのが怖かったに違いない。  そういえばスタジオに案内してもらったときも、航は落ち着きがなかった。  困っている人を見過ごせない性分なのだろう。ただそれが表面に出にくいので、智美が不器用と評した。  「じゃあカレーもできたし、食べようか」  智美はこんもりとご飯が乗った皿にルーをかけ、テーブルに並べた。野菜スープやサラダなど彩りがきれいに並べられている。  「ありがとな」  「ううん。だって家族だもん」  智美の笑顔に伊織の心はすっと軽くなった。

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