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第13話
バイト代が思っていたより入っていたので、新しい機材を求め街へ出た。夏休み真っ直中ということもあり、人波は途切れることを知らない。
殺人的な日差しを浴びながら人並みを縫い、伊織はカメラ屋へ足早に向かった。
「確かこっちって教えてもらったはずだけど」
道行く人に教えてもらった通りに来たはずだが、ここでも方向音痴を発揮してしまったらしい。大通りに出たはいいが、同じようなビルが似たような看板を掲げているので、どれがカメラ屋かわからない。
早くクーラーの効いた室内に入りたくて足を速めた。
「今年の夏も美白で決まり。絶対焼かない日焼け止めブラン、新発売」
顔を上げるとビルに設置された巨大モニターからCMが流れていた。白いビキニのモデルが海辺を走ったり泳いだりして、いかに日焼け止めが落ちないかアピールしている。
その片隅に恋人役の航がいた。海パンを履いた航は女の腰に腕を回し、キスをしそうなほど顔を近付けている。
「あれって航じゃん」
同じようにモニターに釘付けになっていた人の声に耳をそばたてる。
「復帰してから色気を増したよね」
「わかる! 本当帰ってきてくれて嬉しいな」
女たちは航の復帰に喜びの声をあげていたが、CMが終わると周りを気にするように声を小さくさせた。
「でもゲイらしいじゃん」
「え? 女を取っ替え引っ替えしてるってやつじゃないの?」
「それもあったね。どっちにしろあまり良い噂は聞かないよね」
まだ航の話を続けていたが、伊織は声の届かないところまで走った。
写展の大盛況がきっかけで、航はモデルを復帰した。どうやらSNSで写展の存在を知った一般人も訪れ、一時期大学は大混乱に陥るほどだ。
誰もが復帰を望み、その声を聞き入れ航の事務所は腰を上げた。
そしてブランクを感じさせない航のオーラに日本中が熱狂し、すぐにトップまで登り詰めた。
まだ完璧にレンズをみられるわけではなく横顔ばかりだが、それが逆にミステリアスで色気もあると受けがいい。
全部がいい方向に回っている。雑誌やテレビで航の特集が組まれるほど世間の注目度は増していき、その座を着実のものに変えている。
航はもう遠い存在になってしまった。ファインダー越しよりもっと物理的にも地位的にもすべて伊織と違う。
もともと航は異次元の住人で、羽根休めをしていたのだ。飛ぶ練習を伊織が手伝ったに過ぎない。
レンズが怖いと泣いた顔も、笑うと子供みたいになる顔も伊織しか知らないのに、それでも世間は航を好きだと謳う。
どうしてそこまで言い切れるのだ。
表面上の航しか知らないくせに。
また中傷するくせに。
再び日焼け止めのCMが流れ、航が画面に映る。その横顔は彼女を愛しそうに眺めていて、伊織の心に暗い影を落とした。
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