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第16話
ネットでの航の中傷はとうとうテレビに取り上げられるまで大事になった。ニュース番組では航の顔と誹謗中傷の数々が連日流れ、ネットニュースも常にトップになるほど騒ぎになっている。
そのお陰で世間は航を応援したいと風向きになり、表紙を飾る雑誌は即日売り切れるまでにな
った。だが一方で批判する人は後を絶たない。
季節が移ろい秋になると航は大学に顔をみせなくなった。
仕事が立て続けに入っていて、勉学に時間を割ける暇はないらしいと智美からきいた。
「人って不思議ね。航くんのことが嫌いだったら無視すればいいのに、ネットで悪口書いて」
「好きと嫌いは紙一重だって言うしな」
「だとしても毎日こんなに書く? よく飽きないわね」
智美はスマートフォンで航を批判する掲示板をみては溜め息を吐く。智美と怒鳴りあった日がなかったかのようにいつも通りに過ごしている。家族だからお互い蟠りを残したくないと思っての結果だ。
航が大学に来ていないので掲示板の写真は更新されることはなかったが、ありもしないデタラメなことが連日書き綴られている。
伊織は購買で買ってきた雑誌を取り出し、テーブルの上に置いた。
表紙には男二人と女二人のカップルが楽しそうな笑顔を浮かべている。その中で航は端っこで他のメンバーを静かに眺めている構図になっていた。
中心で騒ぐメンバーを楽しそうに眺めている航は、空気のようにその場に馴染んでいて、実に航らしい一枚だ。
「それって最新号?」
「うん。さっき購買で買って来た」
「私まだ買ってないや。みせて!」
言うが早いが智美は雑誌を引ったくり、穴が開くほど表紙をみつめた。
「やっぱり航くんは飛び抜けてかっこいいな。この男の人も嫌いじゃないけど、航くんの方が理知的だから大人の男って感じがする」
「そうだな」
「もしかして航くんのファンになった?」
「は?」
「航くんは同性も魅了させちゃうんだね。わかるよー私も女性アイドルが好きな時代があった」
斜め上をいく智美の回答だったが、訂正するのもややこしくなりそうなのでそのままにしておいた。
雑誌を捲ると今年の秋冬のトレンドと称して、一週間分のコーディネートを航が着ていた。
同じ服を何度も着回しているのにそうとは思わせない。スタイリストのセンスが光っているのかもしれないが、それをそつなく着こなす航だからだろう。
身体のラインが出るように撮られているので、洋服の全体図がきれいに映る。正面を向いた航の表情は晴れ晴れとしたものが多く、その洋服を一式揃えたくなる購買欲にそそられた。
でもただきれいなだけだ。
伊織が知っている子供っぽい笑顔や素の表情は引き出せていない。
ファッション雑誌なのだからモデルより服に重点をおくのは当たり前だが、航を知っているのは自分だけだと顔が綻ぶ。
「にやにやしちゃって気持ち悪いよ」
「俺が撮ったものの方がよく撮れてるなって思ったらついな」
「いおちゃんがそう言うってことは、スランプ抜けたんだね」
「スランプ?」
「うまく撮れないって文句ばっか言ってたでしょ」
智美に言われて思い出した。半年前からどんなにシャッターを切っても満足いくものが撮れず、苦労が耐えなかった。
でも航を撮るようになって、被写体と心を重ねる大切さを教えてくれた。そのお陰で満足のいく作品が撮れるようになってきている。
「そうだな。そうかもしれない」
「なら来月の写展に出しなよ。いおちゃんの作品がみたいって子、けっこういるんだよ?」
智美の提案に素直に頷いた。
写真に込めた航が好きだという気持ちにけじめをつけるいい機会だ。
伊織はさっそく写真科室で出展するための書類をそろえ、最後に撮った写真を選んだ。
伊織をみつめる目はやさしくてどきどきした。このまま航と二人だけでいられたらどんなにいいかと願わずにはいられなかった一枚。
写真を眺めていると、あのとき感じた甘い痺れが蘇ってくる。
写真を引き延ばし、入り口の正面に置いてもらった。タイトルはもう決めてある。
『四角い世界にふたりっきり』
壁に飾られた航をみて、伊織は少し泣いた。
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