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第17話

 半年も経てばキャンパス内を把握してきた。  それでもどうしても苦手な建物はあり、何度行っても覚えられない。ここまでくると脳に障害があるのではないかと疑いたくなる。  航は休学届けを提出したらしい。使える時間はすべて仕事に費やし、航のメディアへの露出は増えていく一方だった。それを追いかけていると航との距離が遠くなったと自覚する。  痛みを忘れても航をみればまたぶり返す。  かさぶたにもなれず、細かい傷が蓄積されていった。  迷子になっているときですら、航のことを考えてしまう自分の女々しさに笑えてくる。  「さっきからウロウロしてるけど、どうかしました?」  反射的に振り返ると、見慣れない男が立っていた。一瞬期待してしまい、顔をみて落ち込む。  男はスケッチブックを持っているのでデザイン科か美術科の学生だろうが、伊織には他学科の学生とはほとんど接点がない。訝しく思いながらも口を開く。  「十一号館に行きたいんだけど」  「ならこっちですよ。この辺わかりにくいですし、僕もそっちに用事があるので案内します」  男は人のいい笑みを浮かべたが、どこか薄ら寒い印象を受けた。お面を被せたような表情は感情が読めない。  「もしかして写真科の深町さんですか?」  「どうして俺の名前を」  「先月の写展拝見しました。とてもいい写真でしたね」  「それはどうも」  好きという気持ちを閉じ込めた航の作品のことを言っているのだろう。航が被写体ということもあってかなり評判がよかったが、周りの評価などどうでもいい。  「僕も写真撮るのが趣味なんですよ。深町さんのお足元にも及びませが、ぜひご教示願いたいものです。よかったら連絡先を教えて頂けませんか?」  異常なまでの距離の詰め方に伊織の眉間は深くなった。言葉そのものは丁寧な受け答えなのに、みえない棘が含まれているように感じる。  「スマホに替えたばかりで操作方法わからないんだ。やってもらえるか?」  「お安いご用です」  男にスマホを渡すと心得たと両手で器用にスマホを操作しながらも、歩みはやめない。  男は建物の間を抜け、奥へと進んでいく。  古びたコンテナやプレハブが並んでいて、伊織は一度も足を運んだことのない気がする。  「十一号館ってこんなところだったか?」  「すぐそこですよ」  男はプレハブの前に立ち止まり、重たい鉄扉を開けた。何年も使われていないのか引き戸がギギギと響く。  「ここ倉庫じゃないか。俺は十一号館にーー」  背中に衝撃が走り、伊織は床に倒れた。地響きのような唸りが聞こえると、がしゃんと鉄扉が閉じられ窓一つない室内は暗闇に覆われる。  「なにしてんだ!」  扉を押しても引いてもびくりともしない。  何度か叩いてみたが鉄がへこむだけで開く気配はなかった。  「警戒心の欠片もないな。知らない人にはついていくなって教わらなかったのか?」  男の冷たい声に動きを止めた。  「俺をどうする気だ?」  「どうもしないさ。ただずっとここにいてもらうだけだ」

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