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第19話

 お姫様抱っこは自分には縁がないものだと思っていたが、よもやそれが実現される日がくるとは。  伊織をお姫様抱っこした航は白馬の王子様のようにさまになっていて、智美をはじめ周りにいた女たちが黄色い歓声をあげる。まるで女のような扱いで恥ずかしがる伊織をよそに、航は平然と歩き出した。  女たちの好奇に満ちた視線に耐えられず、伊織は航の胸に顔を埋める。酷かった頭痛はどこかへいき、代わりに体温が上がっていく。  数分間耐えていると「もう大丈夫ですよ」と航の声に顔を上げると、航の自室だった。  「なにか飲みますか?」  「いや、へーき」  航は伊織をソファに寝かせるとその上に乗ってきて、意味深に笑みを深くさせた。  どきりと心臓が痛む。口角を三日月のように上げ、妖艶に微笑む姿に胸の中から甘い疼きがうまれた。  「写展みました」  その言葉に頬に熱が集まった。まさかみていたなんて露ほどにも思わず、言葉が出てこない。  「あんなラブレター初めてもらいました」  「……俺にとって特別だから」  目をみて告げると航はやさしい眼差しで返してくれた。大きな手のひらが伊織の両頬を包み込む。  「俺って伊織さんの前だとあんな風に笑うんですね。ちょっと恥ずかしいです」  「すごく格好良いぞ」  本音を漏らすと航は目を丸くさせて、驚いているようだった。  「そうやって飾り気なく言われるとキますね。あんな顔で笑ってるってことは、俺の気持ちにも気付いてくれましたか?」  「おまえの気持ち?」  「ここまで来て、気付いてないとか言わないでください」  航の顔が近付いてきて吐息が肌を嬲る。鼻先が触れ合う距離までくると、焦点がずれたみたいに航の顔がぼやけてみえる。  「俺は伊織さんに写真を撮ってもらいたくて、頑張ってきたんです」  「俺の?」  「三年前、オープンキャンパスのときに伊織さんの作品をみて感動したんです」  過去をなぞるような航の声に耳を傾ける。  「入り口の正面に三メートル近い写真があって、一気に目が奪われました。夕日を背に子供のカップルが海辺を歩いている写真だったんですけど、四角から滲み出る初々しい雰囲気が魅力的でした」  「懐かしいな」  写展用に素材はないかと実家に帰省したときに撮ったものだ。子供が仲良く歩いている姿は波の音と重なり気持ちを穏やかにさせた。  「それをみて、この人に撮ってもらいたいと思ったんです」  「だからレンズを克服しようと思ったのか」  航はレンズが怖いと言いながらも、克服しなければならないと何度も繰り返していた。  「名前しか知らなかったから、顔もわからなかったんです。まさかいままで撮ってもらってた人だとは思いませんでした」  「名前言ってなかったけ?」  「言ってないですよ! いや、訊かなかった俺も悪いんですけど。写真をみてもあなただと気付かなかった自分が情けないです」

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