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第3話
あれから数日が経ち雨は変わらず激しく降り続いていた、未だ目を覚まさない彼はその身を雨に隠しているとでもいうように静かに眠り続けた
彼を見つけたあの日、雨の中もう一度あの場所に辿り着いた俺は慣れた手つきでバイクを起こすと傷がついていないかを確認して鍵を挿し込む
(ちゃんと動いてくれよ、、、)
願うような気持ちでスロットルを回しエンジンがちゃんと動く音が耳に届くとやっと安堵した気持ちと同時にグッと緊張が押し寄せ手に力が籠った
一目見たときから大切にされてる事が分かる代物に胸が酷く高鳴っていたのを覚えている
普段聞き慣れたエンジン音とは違う音、それすらも俺を昂揚させる1つの要因になっていた
あの日はそんなこんなでバイクを家まで走らせ、今は家のガレージにその姿を落ち着けている
「ただいまぁ、、、」
静寂に響く自分の声、今迄なら無意味な声掛けも今はこの家に自分以外の人間がいると思うと何と無しに声を掛ける事を決めていた
台所で手を洗ってから水を1杯注いでリビングに掛けられた時計を見遣ると短針が6を指し一直線に延びている
(てか、あいつ何時になったら目覚ますんだよ)
水を1杯飲み干す頃、普段の俺ならここからもう一眠りするのが日々のルーティンであり幸せだったりするのだが最近は俺の眠りを妨げる要因が1人
(最近傷もカサブタになって塞がってきたんだよなぁ)
ガサゴソと包帯やらなんやらを探して自室へ向かう、怪我の具合は案外治りが早く傷口は塞がりつつあった
コンコンッ
「、、、入るぞ」
自室にノックをするなんてこれまた人生初の経験である、中からの応答なんてものは否応なしにドアをゆっくりと開けた
「おかえりぃ〜」
自分の声でも知ってる人物の声でもない間の抜けた掠れた声、この部屋に自分以外の人物の声が響く事は無いと高を括っていた俺の動きはピタリッとその場で停止した
「ッ、、、」
下を向いていた視線を恐る恐る上げる
「何その幽霊でも見た〜って顔〜」
「、、、は?」
ずっと静かに横たわる彼しか見た事が無かった俺は呆気に取られて目の前で上体を起こし人の顔を見て可笑しそうにケタケタ笑う少年が不思議で堪らなかった
「ってかお前起きんなよ!傷開くだろ」
「えぇ〜酷い、大丈夫だよ〜」
当時の惨状を知らないこいつは呑気に伸びをする
「おいっ誰がこの数日手当してやったと思ってるんだよ、また傷開いて血がドバァーってなっても知らねぇからな、、、」
呆れた顔を向けながら何が楽しいのかずっとニコニコしている赤髪に向かって手に握っていた物を宙に放る
パシっ
「ドバァーって、、そっかそっかぁやっぱりこれは君がやってくれたんだねぇ」
クスクスと笑いながら空中を飛んだ包帯を難無くキャッチして彼は腹を捲った
「ッ、、、意識戻ったんならもう自分でやれよ」
「冷たぁい、ソルティだなぁもう〜」
(ソ、、ソルティ??)
「塩って事だよ塩」
お手上げポーズを取りながら絶妙なタイミングで返答する目の前の男に何だか心を読まれているようで呆れた顔をしたいのはこちらである
「君、名前なんて言うの?」
突然投げ掛けられた質問に吃ってしまう
「ま、、渕咲 眞秀 、、、」
「ふ〜ん、じゃあまほちゃんか俺、桜 」
「ちゃ、ちゃん??」
「俺の事も桜ちゃんって呼んでもいいよ?」
桜はイタズラっ子のような顔をしてベッドから身を乗り出すと床に腰掛けた俺をジッと見つめていた
「言わない、桜って幾つなの?」
「まほちゃんは〜?」
「ちゃん言うなっ、、、14」
「まほちゃん14ちゃいかぁ〜」
ベッドの上に胡座をかき上から見下ろされている状況も緩く左右に揺れながら何とも小馬鹿にしたような口調がイラッと頭にくる
「で、お前は?」
「15〜」
「なんだよ1個しか変わんねぇじゃん」
心配して損したとばかりに肩から力を抜く
しかし目の前で桜はこの歳の1歳は全然違うだのなんだのとピーピー喚いていた
「ねぇ、お願いがあるんだけどさ、、」
急に畏まった態度を取る桜に何事かと俺も姿勢を正してみる
「あのさぁ〜、、、」
「なんだよ、早く言えよ」
勿体ぶられるとその先が気になるのはなんと言っても人間の性だと思う
「煙草くんね?」
「は、、、はぁ?」
「あっ、、あとついでに炭酸買ってきて」
本当にこの男は何度裏切れば済むのだろうと俺の予想の斜め上を行く
折角気構えて聞こうと正した姿勢も全て無意味な物だったと考えると無性にムカムカしてくる
「病人は大人しく寝てろっ」
「ぃてっ、えぇ〜まほちゃんのイケズ〜大人みたいな事言うなよぉ」
立ち上がった俺は眼下に下がった赤い頭を軽くチョップすると桜はわざとらしく両手で頭を押さえ泣き真似をした
「とりあえず病人はこれでも飲んでろ」
リビングから救急箱と共に持ってきた栄養補助ゼリー飲料を手渡すと部屋を出るべく扉へ向かった
「俺ちょっと出るから、包帯変える時ゆっくりやんねぇと瘡蓋剥がれるかんな」
「まほちゃんがやってくれればいいじゃん」
後ろでぶつくさと文句を垂れる男にポケットからカサカサと取り出した紙箱を桜に向かって投げ付ける
「お前銘柄なに」
「神っ!まほちゃん神!ハイライトレギュラー!」
「あっそ、大人しく寝てろよ」
目をこれでもかとキラキラ輝かせて満面の笑みを浮かべる男にこちらまで口角が上がりそうになる
ピッピッピッ
「あ、あと〜番と〜番もお願いします」
「はい、こちらで宜しいですか?では5点で〜」
コンビニまでやってきた俺はビニール袋をぶら下げて帰路に着く
(あ〜あ、言われるがままあいつの御所望の品買ってしまったなぁ)
やっと訪れた夏の晴れ間にアスファルトはカラカラに干からびて熱気を発している
(あっつ、、早く帰ろ)
ジリジリと肌を焼く太陽、滲み出る汗
嫌になるような暑さの中ただ家に帰るそれだけの事が特別に変わりワクワクと胸を高鳴らせて気を急かせた
玄関の扉の目の前に早く入れば良い事を俺はそれをしないでいた、何故なら脳内会議の真最中だったからである
(こういうのは勢いが大事、勢い勢い、、)
いざ出陣、とばがりに勢いよく開けた扉が大きな音を起てる
ドタドタと廊下を踏み締めて道中袋から炭酸を取り出す、この時の俺は小さな子供にも勝るしたり顔をしていたと思う
ガチャっ
「ただいまっ!」
自室のドアも勢い良く開けると驚きに目をパチクリさせる桜がいた
「ど、どうしたのそんな急いで」
「はいっ」
ズイッと差し出した透明の炭酸飲料
「三ツ矢じゃん、俺三ツ矢が一番好き〜まほちゃんはよく分かってるねぇ」
ふふっと笑いながらキャップに手を掛ける
俺の胸はドキドキと音を起てて今か今かとその時を待っていた
しかし訪れるであろうその時は未だ訪れず沈黙が流れる
(やっべ、バレたか、、、?)
桜がジッとペットボトルを見つめている
プシュッ
軽快な炭酸の抜ける音と共に泡が飲み口から溢れ出す
「ぉわっ、ちょ、やばいやばいって!」
溢れ出したものは止まることを知らずにボタボタと布団に落ちてゆく
さっきまで飄々として掴み所が無い桜が慌てて居るのを見て俺はゲラゲラと笑っていた
「っーはぁーやばい腹痛いっ」
「そんなに面白かったぁ?」
不貞腐れた顔で飛び散った液体を拭く桜に腹を抱えて呼吸困難の俺
「てかお陰様で半分減ったんですけど」
「へいへい、もう一本やるから」
そう言ってもう一本差し出すと、マジ神なんですけどーとか何とか言いながらご機嫌に戻っていった
「チョロ、、、」
「ん?なんか言った?」
「俺お粥温めてくるから」
一笑い貰った俺は満足してきょとんとしている桜にコンビニ袋を預けると昼ご飯を作る為席を外した
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