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第5話side桜
目を覚ますとそこには見知らぬ天井が広がっていたなんて、ドラマみたいな展開が自分に起きているとは思ってもいなかった
きっと当事者になればそれ相応慌てふためいて困るんじゃないかと思っていたのに実際の所
案外人間って言うのは臨機応変に対応出来るものだなと実感した
俺の命の恩人であり、この家の家主渕咲 眞秀 、第一印象は何だか見ていて不安を感じる放っておけないような子
最後の記憶にある限り今年は夏休みに入ってから降り続いていた雨がいつの間にか止んで、意識混濁中に蒸し暑い夏が到来していたらしい
若干の浦島太郎気分を味わいつつ俺の中学最後の夏休みはこの子の傍で幕を開けた
「桜〜俺行ってくるからすぐ帰ってくるけど飯とかてきとーに食ってて」
ここにやって来てからというもの、リビングのソファが定位置になった俺は慌ただしく支度するまほを横目にチューペットを咥えていた
「ん〜、行ってらっしゃい」
力無くブラブラと手を揺らすと制服に身を包んだまほが鞄を手に取るのが見え暫く経つとガチャガチャと扉を閉める音が響いた
(相変わらず忙しない奴、、、それにしても三者面談かぁ)
口元の氷菓子をガリガリと噛み砕き見える範囲を視察する
まほは人に突っかかる物言いをするのが癖なのか何かといつも俺を困らせたいのか驚かせたいのか怒らせたいのか将又 別の理由なのか、真相は分からないがそこら中にネタを仕込んでくる
(そーいえばまほの親って会ったことないよなぁ)
退屈しない日常に気を取られていたが、ここに来てもう2週間は経過している
その間俺は1度もまほの家族に会ったことが無かった
この一軒家に中学生が1人で暮らしているなんて事は無いだろうが別段こちらから聞くことも、向こうから話してくる事もなかったのでなーなーしていた、最近ふとまほが明らかに大切にしているカメラが気になり言及するとそれが母親の形見であるという事を教えて貰った
(母親ねぇ、、、)
母親が亡くなっているまほ、そうなると自然に父親は健在している事になる
(まぁ気にする事でも踏み込む事でもねぇけど、あの目がどうしてもねぇ)
時々する何も映さないとでも云うような虚ろな目、その目がどうしても気になって仕方がなかった
食べ終わったチューペットの外見をゴミ箱に放り投げ、ぶっ倒れそうになる暑さの中ガレージへ向かう
ガラガラッシャッターを押し上げて相棒に歩み寄るのはもう日課になりつつあった
ガチャンッとスタンドを蹴りあげて車体を押し出す
「お前もたまには日に当たりたいよなぁ」
小さく語りかけるように陽の光の元に晒してやると強い日差しを浴びてピカピカと反射し早く私に乗ってとばかりに目一杯存在感を発揮する
(あ"ぁ〜乗ってやりてぇけどなぁ)
傍にしゃがみこんで持ってきた雑巾で車体を拭くと喜んでるように更に輝きが増した気がした
(乗ってもバレねぇけどなぁ)
う〜んう〜んと頭を悩ませ車体に額を押し付ける、病人は完治するまで寝ていろと口煩いまほの隙を見て我慢ならず1度バイクに乗ろうとした事があったが伸び縮みした皮膚に引っ張られ、傷が開きかけたのを気に完治するまで走るの禁止令を出されてしまった
あの後の事を思い出すと今でも足がガクガクする程の刑が待っていると思うとゾワッと背筋に嫌な悪寒が走る
(もう皮膚もくっついてちょっとやそっとの事じゃ傷が開いたりしねぇから乗らせてくれねぇかなぁ)
そんな事を思いながらとぼとぼともう一度ガレージにバイクを押し込むと後ろ髪引かれながらその場を後にした
ブブッ机に置いたスマホが振動で通知を告げる
『お前連絡返さなすぎ、流石のお前も瑞樹 さんの祝いは出るだろ?』
トークアプリの1番上には1番親しい友人からの苦情メールが届いていた
『多分。ケツ乗せらんないから加藤かそこら辺に頼んで』
パパッと無難な文を返すとすぐさま返事が来たのを告げるようにブーブーっと振動していた
そうやって数回画面をポチポチやって、本日はご飯を用意してくれる人間も居ないので自ら適当な軽食を用意して胃袋に収めると昼寝に入った
ガチャガチャッ
乱暴な物音にゆっくり瞼を開けて枕元に置いたスマホを確認すると時刻は14時を過ぎた頃だった
いつもなら聞こえてくる怠そうなただいまの声も扉を乱雑に開けた音から物音1つ立たず静まり返っていた
(ん〜?帰ってきたんだよな?)
人気が無いみたいな感覚にゆっくりとベッドから起き上がりリビングを目指す
「ぉおっ、そんなとこに突っ立ってどうしたぁ?てかなんか濡れてね?」
リビングに向かえば自ずと玄関が現れる、俺はその場に呆然と立ち尽くすまほに驚きの声を上げ声を掛ける、俯いて見えなかった顔が緩りと上がりその顔を確認すると俺の眉間に深い皺が寄せられる
微かに血の飛んだカッターシャツ、ポタポタと髪から肩に落ちる雫、虚ろな目が俺を視界に捉えるとふっと口元に笑みを浮かべた
「どうした?学校行ったんじゃないの?」
傍まで寄って覗き込むように肩に手を置く、胸がザワザワと波立つのを押し込めて務めてゆっくりした口調で優しく問い掛けた
「うん」
1度頷き、そのまま前に体重を掛け上体が傾くと目の前の肩口に額を預ける
「怪我しちゃったの?」
「うん」
「そっか、、これ痛くない?」
「うん」
壊れ物に触れるように濡れそぼった髪を優しく撫でてから肩に腕を回し引き摺るように風呂場に直行した
ジャー
椅子にまほを座らせシャワーから温かいお湯を出すとボタンを1つずつ外していく、全部脱がし終えると肩の後ろに血の滲んだガーゼが貼られていた
(血の原因はこれか、、それにしても凄いなぁ、、)
中学生男子なんて夏場は皆薄着になりその辺を駆け回る、怪我もしょっちゅうするし共同生活をする中で偶にその片鱗が見えていたが白く細い身体の至る所に青黒い斑点やら何やらが古い傷から新しい物まで傷のオンパレードであった裸のまほを放置する訳にもいかず柔らかいサラサラとした黒髪を泡立たせ丁寧に汚れを落とす、その間も普段の刺々しい性格は鳴りを潜め借りてきた猫のように大人しく全身を洗われていた
風呂から出て肩の手当をし耳元で大きなドライヤーの音がしても一言も発する事は無かった
暖かい風が細い髪を揺らし乾かしていくのと共に目の前の丸い頭がコクリッコクリッと揺れているのが分かる
「まほ眠いんでしょ〜寝るならベッド行くよ?」
カチッとドライヤーの電源を切って声を掛けるがその瞼は8割閉ざされている
「も〜しょうがないなぁ」
意志を失った人形のようにテコでも動かないまほをおんぶして自室のベッドまで運んだ
(ふぅー、、俺も濡れたし風呂入るかぁ)
一段落して思い返すとお互い似たような事をしているなとクスッと笑みが漏れる
男の風呂なんてものはとても早いものだ
あっという間に風呂場から出てきてゴクゴクと一息に水を流し込む
(水持ってってやるか、、、)
眠りについたまほに思いを馳せると心が鉛のように重く感じた
コンコンッ、ノックの音と共に開いた扉から微かな呻き声が聞こえる
(、、魘されてる?)
ベッドの傍まで近寄ると大粒の汗がまほの額を占めている事に気がついた
「う"ーん、、」
藻掻くように左右と行ったり来たりする頭
このまま魘され続けても果たして疲れは取れるのだろうか
(可哀想だけど起こすかぁ)
「お〜い、起きろぉ〜」
起こすと判断した俺は試しにツンツンと頬を突いてみる、元々歪められていた険しい顔が更に眉間に皺を寄せる結果になった
(あ、そうだ、仕返ししてやるか、、)
いつかのお返しに先程汲んできた冷たい水を手に取る
コップの表面には外気との温度差で結露が出来ていた
「お〜き〜ろっ」
「ひっ」
ピトッと汗ばむ首筋にガラスが到着すると同時に息を飲むような悲鳴が上がる
「お〜はよっ」
大きな瞳を瞬かせて目一杯情報を得ようとする表情は先程までの苦しそうに顰められた面影は無く艶んと輝きを取り戻していた
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