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第6話

苦しい苦しい泥のように重苦しい意識の中 突然外部から与えられた衝撃に身体が強制的に目を覚ます 上げたくない程重い瞼を持ち上げると痛い程の光が突き抜けた (なっ、何、、、) まだぼんやりとした視界を取り戻そうと何度も瞬きを繰り返す 「お〜はよっ」 最初に目に映ったのは燃えるような赤い髪 それがゆらゆらと小刻みに振るえていた 「さ、桜?」 「そ〜だけどぉ?」 目の前の人物は何が可笑しいのかゲラゲラと笑い続けて手に持った水を零しそうになっている 「水飲むかい」 脳はその言葉を皮切りに水分を求めようと喉の乾きを一生懸命訴えた 「いっ、、、」 上体を起こすに伴い腹筋は役目を果たさないと見切りをつけ右手をベッドのスプリングに沈めた瞬間鋭い痛みが走った 「も〜君はお馬鹿さんなのかな?右肩怪我してるんでしょぉ、ほんとヤンチャなんだからぁ〜」 いつもに増してふざけた口調を取る桜が俺の背中を支えてくれる お礼と共に手から水を受け取ると自分が思うより身体は水を欲していたのか一気に飲み干してしまった 「いやぁ、、脱水症状でも起こすんじゃないかとお兄さん心配になっちゃってさぁ〜」 なんの事かと思ったが自分の身体が嫌にベタついている事に気付くと相当汗を掻いていたんだろう 「ねぇ〜腹減ったしさぁコンビニ行こうよ」 桜がベッドの縁に頬杖を付いて女子みたいに顔を揺らして見上げてくる 「風呂入ったらいいよ」 「あーい、倒れないようにねぇ」 それから15分程で風呂から上がるとリビングのソファで桜がちょいちょいっと手招きして見せた 「服脱いで」 ドカッと横に腰掛けると放たれた第一声にギョッとする 「何でだよ」 「いや、だってそこ手届かないっしょ」 肩を指差してよく見ると机には救急箱が置かれている 「こんくらいほっとけば治る」 「はいはい、Tシャツが血に染ってもいいんだね」 珍しく諭すような脅すような口調に大人しく背を向けて服を脱ぐ 「まぁほっとくにしても消毒くらいしなよ、膿んだらどーすんの」 口調とは裏腹に手付きは優しく威勢の良かった俺の気持ちも萎んでいく 「てかどーやったらこんなとこに切り傷なんて出来んの」 「う"ーん、窓ガラスにぶつかって割ったら?」 「割ったら?じゃないよ、ヤンキーなの?」 「そんな髪してる奴に言われたくない」 後ろでクスクス笑っているのか傷口に触れる手も微かに震えていた 「よしっ、できた!コンビニ行こっ」 「ありがと、、、」 素直に顔を見てお礼を告げると桜はニコッと口角を上げると2回頭をポンポンして救急箱を片付けた ガラガラッ 「ちょ、おい、何してんだよ」 玄関を出ると歩いてコンビニに向かい出す そう思っていた、各1人を除いては 「ほいっ」 暗がりの中からバイクを押して出てきた桜が軽々丸みを帯びた何かを宙に放つ、落としてはならないと反射神経をフル活用してポスッと両手にヘルメットが収まった 「後ろ」 「お前怪我大丈夫なのかよ」 「どっかの誰かと違ってもう治りましたぁ〜」 嫌味ったらしく解き放たれた言葉にピキッと青筋が立つ 「あぁそうですかぁ」 口調を真似して大胆に後ろに飛び乗ると桜は口元を押さえて震えていた 「くくっ、、ちょ、ちょっとまって、、あぁそうですかぁって似てなさすぎて、、」 「あーもー気に触る奴だな、はよ行け!」 わざと脇腹を殴ると今度は反論してくる 「おまっ、、脇腹グーパンは無いだろ、怪我人だぞ」 「ん〜怪我人??」 「、、では行きましょうか王子」 桜が咳払いをして誤魔化しを口にすると茶番劇はここで終わりを告げ、桜が前傾姿勢を取りバイクは風を切り走り出した 「ねー!コンビニこっちじゃねぇーけどー」 風にかき消されないよう今持てる最大限の声量を出す 閑静な街並みにはバイクのエンジン音だけが響いて止まる気配も速度を落とす気配もない (あっ、いい風) ただ乗って運ばれる事しか出来ない俺に出来る事は、頬を撫でる夜風を感じる事で段々と潮風が混ざり匂いを変えた夏の香りを感じ目を開ける 「あ、ここ」 気付くが早い、一目散に目の前の背中を何回もバシバシと叩く 「なにーー」 「ちょっと止まってー!」 2人して大きな声で言い合う、スピードを落としたバイクはその場で急停止した 「どうした?」 桜が質問してるのも無視してバイクから飛び降りて駆け出す 「ねぇー!ここー!」 後ろからゆっくりバイクを押してきた桜に指差して教える 「ここがどうしたの」 「ここに桜が落ちてたの、覚えてる?」 「へぇー覚えてない、でもそっか、、」 俺は地面に向けていた視線を隣の横顔にシフトする、桜の視線は俺が思っていた場所とは別の場所に向いて何か納得するように目を閉じた 「どうした?」 「いや、楠木が生えてんだなぁって」 視線の先を辿ると公園を囲うようにして立派に生えた木が連なっている 「木の名前なんてよく知ってんな」 「この木だけだよ、実はこのブレスレットも楠木なんだぁ」 いつか俺が隠したブレスレット、視線を腕に移す桜に釣られて俺も視線をずらす ミサンガのように編まれた赤と紺のレザーそこに木で出来た数珠玉が2つと小さな鈴2つが装飾されている、そのブレスレットによく愛おしげな眼差しを向けて触っている桜を俺は知っていた 「あの日俺がお前を家に連れて帰ろうとしたらさ、お前を連れてかないでーって言うみたいに強い風が吹いてこの木がぶわぁーって揺れたんだ」 俺がポツリポツリとする辿々しい説明にも桜は静かに相槌を打って聞いてくれた 「楠木の木言葉って知ってる?」 徐に俺と桜の視線が絡むと暗く感じていた空気を払拭するように真面目な顔を辞めていつもの桜に戻っていた その顔を見ると肩の力が抜けてしまう俺は素直に首を振る 「守護、活力。神社なんかにもよく植えられていてその意味は厄除けだったりするんだぁ」 「そんな意味があったんだ、、」 スーッと肺一杯に息を吸い込むと花特有の甘い香りと草木の爽やかな青い匂いが広がる 「花言葉は芳香、まぁ良い香りって事だね」 「俺はさ、きっとこの木が俺の為にまほを連れてきてくれたんじゃないかなぁって、そーゆー見方も出来ると思うんだぁ、、カブトムシみたいにさっ」 冗談めかして頭上で腕を組む桜の顔は本心で言っているように俺には映った 「だってさぁ〜厄除けの木なら変な奴は近寄って来ないだろ?」 「確かに、、」 「さっ!そろそろ行くよぉ〜」 慣れた手つきで単車に跨る桜が様になる程どこか遠く大人びて見えた 砂を削る波の音が大きくなる度、身体を打ちつける強い潮風がバイクが停止すると同時に止んだ 俺は勢いを付けて飛び降り薄暗い海岸を眺めた 後ろでガチャンッとバイクを駐める音がする 「何で海?」 「え〜だって俺ら夏休みだしさ〜夏っぽい事したいじゃん?」 そう言って駆け出した桜は胸壁を軽々しく乗り越えていく、俺も渋々後を追い掛けた 「俺この海岸初めて〜」 石段の最下層から海を傍観する後ろ姿を眺めていると徐に桜が腕を背中に伸ばすとズルッとシャツを脱いだ パタパタッと履いていたサンダルが足を離れ地面にひっくり返る 「うっひょ、冷たぁ〜!」 気付いた頃には波の中心に立って波を蹴り上げている (ガキ、、、) 幼子のような無邪気な笑顔ではしゃぐ彼は少し前に遠く感じた事を忘れる程楽しそうで俺の口角も持ち上がる 「ほらっまほも!」 犬のように駆け寄ってきた桜が俺の手を取ると強引に波打ち際まで連れてきてしまう 「ちょっ、まてまて濡れるっ」 「足だけ足だけ〜」 音符でも見えそうな呑気さに反して大慌てでサンダルを波の届かない場所に放り投げる その頃には後ろから放水攻撃が始まっていた 「ばっばか!何が足だけだよっ」 腕でガードしきれない冷たい水が顔や身体に飛び散る 「反撃してやるっ」 「おぉ?やる気になったかぁ?じゃあ〜」 明らかに悪巧みしている表情で手をワキワキさせながら近づいてくる桜に嫌な予感が走る 「おっおい、何する気だよ」 近づく度1歩また1歩と後退るが距離は縮まっていく 「いっ、、」 「隙ありっ!!」 バッシャーン 大きな波音と水飛沫が俺達2人を飲み込んだ 大きな石を踏んで気が逸れた瞬間、桜が飛び付いて来たのだ 「いって〜」 「フハッアハハハ、、はぁはぁ、、やばい面白すぎて死ぬっ涙出てきたぁ〜」 痛がる俺とは別に吹き出すように笑い転げる桜 「全身ビショビショじゃねぇか」 「いーじゃん海水浴なんだからさぁ楽しもうよ〜」 波が押しては引いて砂浜に座り込む俺達を波の中心にしてくれる ピチャッ 「隙あり」 「うおっ、やったなぁ〜」 空を見上げて月明かりに照らされた赤い髪 押し寄せる波を一握りすると目の前の顔目掛けて空を切る、散り散りになった水滴がキラキラと輝いていた これは2人だけが知る夜の海で起きた戦争

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