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第7話
クシュンッ
「あ"ー風邪引いたかもぉ〜」
ティッシュを1枚取って鼻を擤むと読んでいた小説から顔を上げる
「ばーか、自業自得だろ」
「うげ〜まほたんソルティ〜」
鼻の頭を赤くしながら女子学生がやるように両肘でそのぶすくれた顔を支えていた
「まーいいやぁ楽しかったし、流石にパンイチはウケたけど」
「それもお前のせいだろうが」
ケラケラ笑う赤い頭にチョップを食らわせる、あの事件以来、俺達の距離は更に近づいたんじゃないだろうか
「ね〜まほって今日暇ぁ?」
「暇っていうか特に予定は無いけど?」
「じゃあ着いてきて欲しい所があるんだけど、、」
机に突っ伏してつまらなそうに空のコップの縁を人差し指が行ったり来たりと繰り返す
「ふーん、いいけど」
こんな素っ気無い返しがしたかった訳じゃないのに口からはいつもの愛嬌の無い言葉が飛び出す、それでも桜は嫌な顔1つせずお礼を告げた
ガチャガチャッ
「お邪魔します、、、」
「あ〜別に気にしないで、誰も居ないから〜」
バイクを走らせてやってきたアパートの一室
扉を開けるとムワッと熱風とホコリが立ち込めた、始めて入る部屋なのに何処か桜の面影を感じる
カラカラー
「あっつー!、、あ、これと〜これ、あとはぁ、、」
窓を開けて叫んだかと思えば大きなスポーツバックに服を詰めて行く桜を大人しく硬いベッドに腰掛けながら眺めていた
「何で服?ていうか何で俺も一緒?」
「はぁ?そんなの俺らがニコイチだからに決まってんだろっ」
ウィンクを飛ばしてきそうな勢いに思わず顔を背ける
「っていうのは置いといて、流石にスウェットばっかで外歩くのも限度があるだろ〜」
「家に帰るって選択肢はないの、、」
「ありませーんっ、まほは俺に帰って欲しい?」
桜が偶に見せるこの真剣な表情が俺は苦手だ
全てを見透かすような気がして逃げたくなるのにこの瞳の前では蛇に睨まれた蛙のような気持ちになる
「、、、ううん」
「そっか」
怪我が治ってもまだ一緒に居れる事にホッとしている自分が居るのも事実だった
そっかそっか〜と嬉しそうに俺の頭を撫で回す桜に安心を覚えている
「てか一人暮らし?」
「そんなとこ〜、母さんが居るけど実質居ないよーなもん」
見渡す限りお世辞にも広いと言えない空間で家族と暮らしているとも思えないし、初めに踏み込んだこの部屋は暫く使われていないような気がしたからだ
「帰ってこないの?」
「男と住んでっからねぇ〜」
普段質問しない俺もちょっとしたいつもの意地悪のつもりか、それとも単純な興味か、桜に調子に乗って質問したはいいが、なんて事ないそんな風に答える言葉に俺の胸が何故か少し痛んだ
その後、桜の家から帰宅した俺らは遅めの昼食を取り各々の時間を過ごしたり昼寝をしたりしてすっかり日も暮れる頃に日課の散歩をして日々のルーティンを過ごしていた
「おかえりぃ」
「ッ、、ただいま」
普段通りソファに寛ぐ桜を見て一瞬時が止まる
「お前ってちゃんとしてるとイケメン?なんだな、、、」
「?は要らんだろ?は〜」
フハッと笑うと長い手足を動かして立ち上がる
「別に今日着いてきて欲しかったのは俺ん家じゃないんだよぉ、勿論俺ん家にも着いてきて欲しかったけど」
「はぁ、、で、どこに行くって?」
「秘密、はいっ出掛ける準備したしたぁ〜」
俺は背中を押されて自室に強制送還された
「で、本当にどこに行くんだよ」
「まぁ取り敢えず乗りなよ」
こうなったら何を言っても聞かない男なのは学習済みなので大人しく後ろに跨る
(あ、甘い匂い、、)
近づいた距離に桜から甘いバニラの香りが鼻孔を擽った、ちゃちな甘さじゃない大人っぽさが色気を感じさせる香水
目的地に到着するまでの間その香りを後ろで浴び続けすっかり特殊な香りが脳裏にインプットされてしまった
「実はさお世話になった先輩が籍入れたんだよ、それで顔出さなきゃ行けなくてさぁ」
「へぇ、それ俺が行ってもいいの?」
やってきたのは繁華街、煌めくネオンに照らされた桜の顔は珍しく困惑している
「あぁ、いいのいいの〜そんな長居しないし、俺がお前に居て欲しいし」
「ふーん、、」
〜♪
話し声さえ届かない程大音量で流れるミュージック
満員電車を彷彿とさせる人混みに喧騒
そんな中でも赤い髪は有難い事に良く目立つ、連れられている以上逸れないように人波を縫って後ろをついて行く
「おぉ〜!アカ〜お前よく生きてたな〜」
(アカ、、?)
到着したのはクラブのVIP席、女も男も入り乱れどんちゃん騒ぎの中、入るなり全方向から声が飛んでくる
「みずきさん勝手に人の事殺すなよ」
その中でもソファーの真ん中を陣取るガタイの良い男と綺麗な女、きっと結婚したというこの会の主役だろう
「取り敢えずこっち来い」
その男がそう声を掛けると近くに居た男達がワラワラと集まってきて強引に桜を真ん中の席に座らせた
(皆あの人には敬語使ってる、、、桜にも、でも桜はあの人と仲良さそうに話してるなぁ)
「君、渕咲 くんでしょ」
「え、あ、うん」
知人なんて居ないはずのこの場で突然名前を呼ばれて声のした方をバッと振り返る
「そんな畏まらなくていいよ、俺柊 エルっていうんだ宜しくね」
柔らかく微笑まれると男の人と分かっていてもドキッとする綺麗な顔立ちと天使の輪がかかる薄い髪色、肌の色だって真っ白でジッと見つめてしまう
(ハーフなのかな、、)
「ひ、柊さん?はどうして俺を、」
「エルでいいよ、俺、桜と腐れ縁みたいなもんでさ君の事もあいつから聞いてたから」
そう言って指さす先には仲間と談笑する桜がいた
「あいつ本当に無茶ばっかりする癖にこーゆー集まりには何にも顔出さねーの、だからこうやってフラッとやってくると格好の的」
桜を見つめたままの横顔は悪戯っ子のような顔をして笑っていた
「ねっ!あいつどーせ長くなるよ、向こうで一緒に話さない?」
エルくんがいい事を思い付いたとばかりに顔を輝かせて覗き込んでくる
確かに輪の中心で盛り上がる桜がいつ解放されるかも分からないのでその話に乗る事にした
「ねぇ何で桜は皆にアカって呼ばれてるの?」
「ん?あいつの名字聞いてない?あいつ赤 桜っていうんだよ赤色の赤でせき、だからアカ」
フロアの空いてる場所に移動すると耳元でこっそりとエルくんもこういう場が余り得意じゃない事を教えてくれた
「あいつが倒れてる所渕咲くんが助けてくれたんでしょ?こんな場で言うのも何だけど本当にありがとね、あいつあー見えて意外と個人プレーが多くてさぁ手に負えないから気付いたらどっかでくたばってんじゃないかっていつも気が気じゃないんだ」
そう言って視線を落としたエルくんは呆れたように言っているが言葉の節々から優しさが滲んでいる
「手当と呼べるかは怪しいけど、、所で何であんな事になったかエル君は知ってる?」
その証拠に今だって桜の脇腹には白筋立ったケロイドがくっきりと残っていた
「あいつ何にも話さねぇのな、ん〜皆が言うには1人で喧嘩売ってイカれた奴に刺されたぁ〜とかなんとかふざけて言ってたけど」
その通りである桜は自分の事を何も俺に話そうとしない
「でも君の事は気に入ってるみたいだね」
「そんな事ない、と思う、、単に俺が捻くれてるからいつも桜を困らせてご機嫌取りされてる、みたいな、、」
今までの一連の流れを思い返すと懐かない癖にじゃれつく子猫を上手い事手のひらで転がして遊ぶ桜が安易に目に浮かぶ、それ程俺と桜には距離があるように思えた
「ふーん、そっかあいつ面倒見良いもんなー」
不意に温度を無くした声音に勢い良く顔を上げると頬杖を付いた顔と視線がかち合った
眼が合って数秒、それが何十分にも時が止まって感じるこの瞳は桜と同じ、人を見透かす目だと直感でそう確信した
「桜ってさぁ人たらしな癖にどっかいつも独りで、きっと人とずっと居れないタイプなんだろうな、だからオンナも取っかえ引っ変え」
やれやれと過去にもその騒動に巻き込まれた事があるのだろうエル君は苦笑いを浮かべている
「君ってさ〜、ていうか君達って何か似てるよね」
「、、え?」
「似てるから、、きっと一緒に居ると凄く脆い」
静かにエル君の白魚みたいな指先が伸びてきてピトッと頬に触れた
「俺だったら君の傍にずっと居れるけど?俺バイだしー」
ニコォと口角を上げて暖かい掌が頬を包む
(バ、、バイ?)
「あんたがまほろって奴ー??」
俺がエル君から視線を逸らせずに居ると間を割って入るように細い腕とキラキラした爪が机に叩きつけられた
それと同時に音楽も喧騒も物ともしない金切り声が上がると今度はそちらの視線とぶつかる事になった
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