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第8話
「あんたがまほろって奴ー?」
知り合いが居ないはずの場で再度名前を呼ばれ顔を上げる
「うん、なに?」
見上げた先には髪を金髪に染め上げクリクリした目でこちらを見るスレンダーな少女
吊り上げた眉に彼女が相当怒っている事が伺える
「うげっまほちゃん」
「うげって何よ!」
エル君から声を掛けられた少女は俺から視線を外し反対を向く
「エル君とも親しくしちゃってあんた何者?どっから来たの?」
囃し立てるように飛ぶ質問に頭がついて行かない
「何者って言われても、、」
「まぁまぁ落ち着きなよ」
どんどんヒートアップする少女を宥めながらエル君は困った顔をする
「だってエル君聞いてよ!アカ君ってば夏休みだってのに私の事ガン無視なんだよ!なのにこんな知らない奴ばっかり構ってるらしいし」
「うんうん」
いつもの事なのか慣れた口調で分かった分かったと苦情を受け付けている
「命の恩人だか看病してたか知らないけどあんたがアカ君外に出さないようにしてるんじゃないの!?」
「もー桜に放置されて悲しいのは分かるけど渕咲くんに当たんの辞めなよ」
こんな間近で女の子に怒られた経験がない俺はどうしたらいいのか分からず黙りこくっていた
「眞秀」
その瞬間俺の中の時が止まる
ここ最近で1番聞いた少し高めのハスキーボイス、それが俺の中で1番馴染みがあって馴染みが無い名前を呼ぶ
「、、え?」
「あっ!アカ君だぁ〜!解放されたの〜?」
俺は驚きに目を見開いて声のした方を凝視していた
「まほちゃんくっ付かないでよあつい、あと解放とか言わないの」
「殿のご帰還〜っと」
先程まで俺に鬼の形相を向けていた少女も今じゃ主人の帰ってきたチワワのように尻尾を振って桜の腕に絡みつく
頬杖を付いたままニヤニヤと茶化すエル君
「ねぇねぇこの後どっか行こうよ〜久しぶりにバイク乗せて」
「行かないし乗せない」
(桜なんか怒ってる、、?)
とても落ち着いていて淡々とした物言いに違和感を覚える
「眞秀帰ろう、エルも出る?」
「あぁ良いよ」
聞き慣れない名前に何故かドキドキと胸が早鐘を打つ
「どうした?行かない?」
後ろでキャンキャンと吠える犬を無視して近くに寄った桜が普段の優しい声色で俺の顔を覗き込む、少しアルコールの匂いがした
「ううん、行こ」
それだけ言うと3人はぞろぞろとまた人波を縫って外に出た
ガコンッガコンッ
「うぇいっ」
パシッと手に収まる炭酸飲料
「えぇ〜桜俺のは〜」
「お前のは自分で買え」
カシュッと炭酸の抜ける音に1口飲むと蓋を閉めて腕を振る
「悪魔、、、」
ボヤいた俺の声は本人より隣に座っていたエル君の耳に届いた様で飲んでいた水を吹き出した
「うっわ汚ぇ〜」
「いや、、だって、渕咲君があく、悪魔とか、、いうから」
突然吹いたのを目撃した桜はエル君を罵倒している
隣でヒーヒー息を上がらせて笑い転けられるとそんな変な事言ったかなと不安になる
「はぁー?誰が」
「桜しか居ないに決まってんじゃん」
やっと笑いも治まったのか目尻を拭いながら告げ口をされてしまった
「は?」
「い、いや、だって、、」
「まぁ?女の子取っかえ引っ変えして挙句刺されるようなクズで炭酸も振って飲むような変人ですが?渕咲君ももっと言ってやりなよ」
してやったり顔で桜を見遣るエル君は相当日頃のストレスが溜まっているのか中々の酷い言い草だった
「炭酸も刺されたのも関係ねーし、てか別に彼女でもないのに1回ヤッたくらいで勝手に彼女面してくる方が意味わかんねぇー」
「うっわこの悪魔ー!お前のせいでどれだけ俺が迷惑被ってるか」
(仲良しだなぁ〜)
はいはいすいませんでした〜と謝る気の無い返事をしてまたエル君を怒らせているのを炭酸を口に入れながら眺めていと突然パチッと桜と目が合って近づいてくる
「お嬢さん俺悪魔らしーし?心も魂も食べちゃうかもしれないよ?」
スクッと目の前にしゃがみ込むと目線を合わせてトンっと人差し指で俺の胸を突いた
その笑顔はいつもの太陽みたいな物とは違って夜の色気を纏っている
「ねぇ、俺らも結婚しちゃおっか」
ニヤニヤと俺がどうするか小首を傾げて出方を伺っている
「絶対嫌、まずお嬢さんでもねーし、せめて結婚するならもっと大人な真面目イケメンが良い俺」
そう言い放つと更に口角を上げて普段の太陽みたいな笑みに一瞬戻るとすぐにわざとらしく眉を顰めて見せた
「はぁ?そんなつまんねぇー男辞めときなってぇ」
演技らしく未だに俺にしとけよ〜と肩に縋りつく男は置いといて後ろで2度目の吹き出す程笑っている男に目を向ける
「ブフッ桜ついに男も女も見境つかなくなったのかよ、しかも振られてやんの〜」
お前は黙ってろとクズ男ムーブは終わったのかまた始まったプロレスごっこを観戦して帰路に着いた
家に帰った俺達はコンビニに寄って調達した酒やらなにやらをパタンッと冷蔵庫から取り出して机に並べていく
「ちょっと飲むと飲みたくなるんだよなぁ」
交互にお風呂から出て濡れた髪もそこそこに晩食を取る事にした
「お湯沸いたよ」
「やっぱりシーフードだよなぁ〜」
(いつもの桜だ、、)
俺は床に桜はソファにお互いの定位置に座る
プルタブを引っ張るとプシュッと子気味いい音を立てた
「はい、かんぱぁい」
後ろのソファから伸びてきた缶に自分の缶をぶつけると口を付ける
「ん"〜うまい」
「じじ臭っ」
キンキンに冷えた缶に耐えきれず一旦テーブルに戻すと煙草の入った赤い箱を手に取る
「俺のも取って〜」
「ん」
大して内容も入ってこないテレビをボーッと流し見して口から紫煙を吐き出すと後ろも見ずに水色の箱を手渡した
「この恋愛ドラマっておもろいの?」
「さぁ〜?人気の女優でも出てるんじゃね」
指先に挟んだ煙草を口に銜えさせてリモコンを取ろうと手を伸ばした時視界の端にニュッと腕が伸びてきて顎を捕らえる
「すって」
「んぇっ、、」
グイッと強制的に視界が天を向くと覗き込むような桜の顔が鼻先まで近づいて煙草の先端同士が密着した
思い切り息を吸い込むとジュッと燃え広がり灰になるとそのままそっと離れていく
「ありがと」
フーっと煙を吐き出すと桜はお礼を告げた
「ライターどうしたんだよ」
「どっかいったぁ〜」
ドキドキも覚めやらずまた手にしたお酒を煽る
動悸の速さをアルコールのせいにして俺はカップラーメンに手をかけた
「はぁ?カップラーメンは2分だろ!」
「いや、3分だよ!」
2分、3分、2分、とお互い退かないくだらない攻防が続く
あっという間に夜も更け程よくアルコールも回って体育座りの膝の上に乗せた顔も俯いていく
「まほちゃん眠いの〜?」
いつの間にか隣に座っていた桜の体温が伝わって心地のいい温さに瞼が重たくなる
「ちゃん、、やめろ、、まだ寝ない」
聞き取りにくいくぐもった声
フフッと柔らかい笑い声と頭に乗せられた手が優しく頭を撫で続けフワフワした気持ちのまま幸せな眠りに落ちた
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