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第10話

駿河湾に面して綺麗に整備された沿道はオーシャンロードと名付けられこの日だけ道路に軒並み連なった屋台が闇夜を打ち消すように白熱灯の輝きで浴衣を着た少女達や家族連れを浮き彫りにする 「うはぁ〜、人やばすぎぃ」 はしゃぐ子供達や屋台のおじさんの呼び込む声 人混みをかき分けて闇雲に進んでいると人にぶつかる衝撃と鼻を掠める髪の毛からバニラと煙草の匂いした 「あっ、、ごめっ」 「たこ焼き買ぉ〜」 衝撃に瞑った瞼を開けると暖色の光を反射したシルバーのピアスがキランッと輝いて去っていく 「たこ焼き1つくださぁ〜い!」 「あらぁイケメンな少年じゃない〜1個おまけしちゃう〜」 愛想の良い桜に陽気なおばちゃんがパックにたこ焼きを詰め込んでそれと引き換えにお金を受け取る 「まほは何食べたい〜?」 「、、焼きそば」 いいねそれ〜と俺の手首を掴んで前進する 「ちょ、そんな急がなくても」 「だって花火始まっちゃうでしょ〜?」 そう言って粗方の屋台を回って食べ物を買い占めると桜は来た道を戻っていく 「花火見るんじゃないの?」 「ん〜?見るよぉ、けどここじゃないとこでね」 この夏何度目かになる桜の後ろはもう慣れたもので当たり前のように飛び乗る そこから数分潮風に煽られてお決まりの海岸に到着すると防波堤の先端に桜が腰掛けた 「おいで、特等席ここなら人も居ないしさぁ、俺人混み嫌いだし〜」 「俺もー」 「だよねぇ、ま〜低い花火は全然見えないだろうけどさぁ」 正直あの人混みの中で大人しく最後まで花火を見る自信もなく、ペタペタと自分の横を叩いて座れという合図にすんなり着席した 「かき氷ほぼ溶けてっけど、、」 「はぁ?まじ!?」 逆にここまで零さず運んできた俺に感謝して欲しいくらいだが、慌てて手元のカップを覗いた桜に笑いが込上げる 「あんだけ風に当たれば当たり前だろ」 「まぁいいやぁ〜乾杯しようぜ〜」 ガサゴソと袋を漁って取り出された水色の容器 「やべっラムネ温くなってる!」 「焼きそばとかの上に置いてあったからな」 冷静にノリツッコミをしていると遠くでドンッと地響きのような音が轟いた 「おぉ〜花火上がったぁ」 ビクッと身体を揺らして頭上を見上げると花のように色とりどりの光が夜空に咲いていた 「ほいっかんぱ〜い」 渡された温いラムネを握るとガラスのぶつかる甲高い音が響く ペリペリとラベルを点線に沿って剥がし一旦地面に置くと玉押しを手に取って飲み口を手の平で力一杯押し込んだ 「フッハッハ、、ラムネ開けるの下手っぴちゃんなの?」 カコンッという音にビー玉が押し出され容器の窪みに勢い良くぶつかると軽快な音を立てて一気に炭酸が吹き出した 「最っ悪、、めっちゃベタベタする」 隣でいつも通り笑い転げている男は放って置いて拭くものも無いので腕に伝う水滴を舐めとる 「うわぁ〜まほちゃんのえっち」 「はぁ?どこがだよ、ていうかそんな笑ってるけどお前こそ上手く開けれんのかよ」 挑戦的な目を向けた俺に対して余裕綽々な顔でシニカルに笑う 「開けれますけどぉ?てかもう開けちったんだよねぇ〜」 そう言って左右に振って見せるラムネは確かに中でビー玉がカラカラと音を鳴らせている 「ムカつく、、、」 「あっ!俺のたこ焼き!」 輪ゴムで留められたプラスチックのパックを開けると早急に口に詰め込む 縺れるようにじゃれ合う俺達には頭上に上がる花火もバックサウンドみたいだ 「ラムネってさ振れないよね」 「ん〜振れない事も無いだろうけど、まぁ癖みたいなもんだし、わざわざそこまでして振ることもないよ〜」 瓶から口を離すと目前まで持ち上げる、夜空に浮かぶ月を透かして眺めても歪んでいて何が何だか分からなかった 「そ〜いえばさぁ俺まほの写真見た事ないよねぇ」 「写真?」 丁度ファインダー越しに花火を撮ろうとしていたら声を掛けられた 「見せてよ」 今日は人混みに紛れるし家に置いてこうとしたところ桜の持ってきなよぉという一言で俺の手にはしっかりいつものNikon D5600が握られている 「やだ」 桜の提案を一蹴りし、またファインダーを覗こうとすると隣からえ〜なんでよ〜という駄々っ子のような喚きと肩を揺する動力によりピントが合わないので渋々見せることにした 「俺写真とかも全然わかんないし人生で過去に戻りたいとかも思った事ないんだけどさぁ、まほの写真見てるとこの時に少し戻りたくなるかも、、」 カチカチとボタンを押してた指を止めると一枚の写真を見て真剣にそう言うと俺にカメラを手渡してきた 「それよりもやっぱりまほちゃんのえっちぃ〜盗撮なんて如何わしいわよぉ〜」 「なっ!これはっ、、そもそもこんな所に寝転がってるお前も十分不審者だろ!!」 暗がりには眩しく光る液晶モニターには俺と桜が出会った日のあの写真が表示されていて慌てて電源を落とした うそうそだとかでもあの痛みはもう味わいたくないなだとかそんな調子のいい事をヘラヘラと笑って言っている 「あ〜あ、もう花火も終わりかぁ」 静かになってしまい波の音しか聞こえない暗闇に花火よりもっと暖かい色をした炎が煙草に乗り移る、紙や葉を灰に変え息を吸う度赤く灯る先端 薄い唇から上がる白い煙と共に立ち上がると2.3歩進んで口から煙草を取り上げ両手を大きく広げた 「楽しかったなぁ〜」 防波堤の縁で天を仰ぐようにクルクル回って魅せた桜の髪が空に上がった最後の特大花火に照らされて赤く舞い光の粒が降り注ぐ 「落ちるなよ」 はいはいと桜は言うけれどこの男ならばきっと戸惑わずこの黒く染まった海水に飛び込む事も厭わないのだろうと俺はそう思った 野良猫みたいに自由奔放で強い男、ハラハラして見守る俺とは相容れない存在なのにずっと心は波立っている 「いくかぁ〜」 前を行く細い後ろ姿、肩にかかった赤い髪それだけをぼんやりと眺めながら俺は強い羨望を感じていた とぼとぼと後ろをついて歩く消え入りそうな自分とあと少しとどれくらいの気持ちが行き来して俯いた口から吐き出した煙が目に染みた

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