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第11話
「ただいっ、、、」
あれはいつもと変わらない昼下がり散歩から帰宅した俺は玄関を開けて呑気に帰宅を合図しようとした
(この靴、、)
白いタイルには最近見慣れたサンダルとは別にもう1足、その靴を見ると必然と呼吸と動悸が駆け足になる
息を潜めるようにゆっくりとリビングへ向かうとスーツを着てソファに項垂れた男性がポツンと座っていた
「帰ってたの」
あば良くば届かなければいいと発された消え入りそうな声に男性は顔を擡げる
「あぁ、、、」
彼の充血した目は怒気を孕んで手元のビールを乱暴に煽ってテーブルには大量の吸殻と飲み干したのであろう缶の残骸が沢山転がってそれを散らかした張本人は首元や耳まで真っ赤に染め上げていた
「金、、、」
俺がテーブルに近づいて空き缶を片そうとすると徐に男がそう言った
「父さん、、三者面談終わった後も金渡したじゃん」
「うるせぇ!!ガキは黙って金出せっつてんだよっ!!」
ガラガラガラッと机の上の缶が床に散らばる
対面から胸ぐらを掴まれた俺はアルコール臭い唾を大量に浴びてその形相を冷めた目でジッと見た
「なんだその目はっ!!お前も俺をそんな目で見んのか!!あ"っ!!?」
錯乱した父は今にも殴り掛かって来そうな勢いに俺は力強く握り締められた拳に手を重ねる
「ちょっと待って」
そう言って立ち上がると自分の財布から数万円抜き取ると父に手渡した
「はぁ??舐めてんのかっ!!たかが数万で何が出来んだよ!!?」
手から奪い取られた紙切れは床に勢い良く叩きつけられる
「それ以上は無いよ」
拳を振り上げたと同時に頬に走る鋭い衝撃、視界がぐらりと揺れて少し後ろに倒れ込んだ
「いい加減にしろよ!お前のせいで何もかも滅茶苦茶なんだよなのに金もろくに稼せいで来れないのかこの能無しがっ!!」
飛び掛るように馬乗りになった男は行き場のない憤りをこれでもかと拳に乗せて1発、2発と力任せに殴りつける
「お前のせいだ!!お前のせいだ!!お前なんか居なければ、、」
(、、、どうしよう桜寝てるはずなのに)
ボヤけた視界と薄れる意識、それでも続く衝撃に口の中には鉄の味が広がって元々入っていなかった力が抜けてくようだった
「はぁ、、はぁ、、」
ピタリと止まった衝撃
今認識できるのは荒い呼吸と苦しそうな顔それだけが全てだった
「と、、う、、さん」
途切れ途切れの言葉が紡ぐ、ポトッと降ってきた1粒の雨が頬を濡らす、俺はその原因に手を伸ばした
「まほろ、、まほろ、お前が悪いんだ、お前が」
触れた指先が濡れる感覚、冷たくて大きな手が喉元に触れる
「ヒュッ」
最後の空気が抜ける音と吐く事も吸う事も出来ない苦しさ、伸ばした手は力無くまた床に舞い戻った
肺が脳がこれ以上は耐えきれないと警告を告げる頭上ではゼーゼーと必死に空気を取り込む音が聞こえるのに自身からは微塵も音をさせない
(、、、もう)
もしも、ここで死んでしまうのならば何も関係ないのに死体を目撃させてしまう桜に申し訳ないなとか最後に友達にメッセージ返しとけば良かったなとか考えているうちに思考は停止して僅かに開いていた瞳を閉じた、その時ドゴッという鈍い音と身体が軽くなる感覚に目を開ける
「ゲホゲホッ」
「なーにしてんのっプロレス?」
今か今かと待ち構えていた酸素の供給に喉が追いつかず噎せ返す
「大丈夫?まほ」
暖かい手が忙しなく上下する背中を宥める
「う、うん、ありがと」
緊迫した現場に相応しくない朗らかな笑顔で頭を撫でる桜
「でぇーこいつ誰〜?」
俺の無事を確認すると少し離れた所にひっくり返っている男を足蹴にする
「父さん」
「へぇー親父が息子の首をねぇ〜?とっても愛情表現がバイオレンスな家庭だぁ」
口調はいつものように踊っているのにその顔にいつもの愛嬌という言葉は無くとても冷めた顔をしていた
「ぅ"、、何なんだっ、誰だお前は、、」
「僕〜?んー眞秀の友達って所?」
桜に足蹴にされていた父は呻き声を上げて上体を起こすと先程よりも少し覚めた目をしていた
「はっ、、遂に男連れ込み出したか、、チッ、気色悪ぃ」
第三者に目撃された事を引け目に思っているのか、それとも桜に蹴られた事で酔いが醒めたのか威勢を無くした父は床に散らばったお札を集めると廊下の壁にヨタヨタとぶつかりながら玄関から出ていった
「ごめん、、」
「なにがぁ〜?」
上げられない顔を散らばったリビングの缶を集める手元に集中しているように誤魔化す
「いや、だって巻き込んじゃったし、、」
「そんな事ないっしょ、そもそもこの家に転がり込んでるのは俺な訳だしぃ?逆にもっと早く気づけなくてごめぇん、寝すぎたわぁ〜」
てへっなんて自分で効果音を付けて大きな欠伸を1つする桜はきっと俺の為にわざと軽く言ってくれている
煙草に火を付けてからその場に腰を折って散らかった部屋を片付け始めると煙と一緒に言葉が溢れた
「まぁ気になる事も無いと言ったら嘘になるけどねぇー」
「父さんの事?あれは」
「あぁ、それも気になるっちゃー気になるけど何となく察したし、んー、まっ今度聞くよ」
食い気味に話を被せてきた桜の目が先程と同じように暗い目をしている気がして首を傾げる
(気になる事ってなんだろ、父さん去り際に変な事言ってたしそーゆー事!?気色悪い的な?!いやいや、そもそもアグレッシブな家庭だねとか言われちゃってたしってあれ?アグレッシブだっけ、、)
桜の意味深な発言に脳内大会議が炸裂にグルグルと目を回して百面相していると突然大きな声が響いた
「腹減ったぁ〜!飯食お、飯ぃっと、あっ!その前にこっちおいでまほ」
突然手首に触れた手に身体がビクッとする、しかしそこから伝わる温度が桜のものだと分かるとホッとした
「ほいっ」
「ひっ」
冷凍庫から取り出された保冷剤を頬にくっつけられる
熱を持った患部がじわじわと中の氷を溶かしていくのが分かる
「もお可愛いお顔が台無しじゃないのぉ、よく見せてごらんなさい〜」
「桜、痛い痛い」
痛がっているのなんかお構い無く親指と人差し指で頬を挟んで固定するといつものふざけ口調であらまぁ天才的なお顔ですわぁ天使?いや、赤ちゃんかしらぁなんてボヤいている、俺はそれがどうしようもなく面白くて使いたくない頬を駆使して口角を上げた
「あ〜、笑ったなぁ?」
「待ってお願い笑かすのやめて!まじで痛いからぁ」
笑っているのに心は鉛のように重く沈んでいて今自分がどんな顔をしているのか検討もつかない
それと同じで目の前でいつものように振る舞う桜の瞳に影が落ちている事を俺は分かっていた
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