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第12話
深い深い闇の中、黒一色の空気が泥のように変化して身体中に纏わりつくそれが口や鼻を覆って息が出来ない
(苦しい、苦しい、苦しい)
重い重い、全身に触れる物全てが重く呑み込まれそう
(怖い、怖い助けて、、)
必死に走って逃げるのに何処まで行っても体は泥沼に沈んでアリの巣みたいだ
藻掻いて藻掻いて力尽きそこでハッと目を覚ます
(夢か、、)
夢から覚めても辺りは真っ暗でヒンヤリとした空気が触れると自分が汗をかいている事を知った
(、、、桜)
横から感じた人肌に目を向けると静かな寝息を立てている桜がいた
普段は別々に寝る所を今日は強引に自分のベッドに引きずり込まれ愁いを帯びた心はぬけぬけと温もりを求めて同じ布団に入った
(痛い、、)
起した上体でカーテンを開けると満月の明かりが深閑に降り注いで窓辺の紙箱と赤い髪を照らしている
青い紙箱から1本取り出すと火を付けた
(味の違いとかわかんねぇ、、)
赤い箱も青い箱も似たような味をしていて違いなんてガキの口には分からなかった
フィルターに口を付けて息をする度口内も頬も動く腕でさえ痛みを訴える
(あ〜うぜぇ)
行き場の無い苛立ちを何処に昇華しようか、その時の俺は居ても立っても居られなかった
力任せに腕に押付けた灰は形を崩して熱を皮膚に伝えた、それを皮切りにむしゃくしゃした気持ちが自分に向かってどうしようも無い弱い自分を虐めてやりたくなった
冷たい床、冷たい液体が腕を伝って床に落ちた
ズルズルと鼻を啜る音だけが洗面所に響く
「何処に行ったかと思ったら何してるかねぇ〜」
ドンッと背中にぶつかった衝撃よろけそうになった所を背後からお腹に回された腕により阻止される
「、、、さくら」
鏡越しに俺の肩に赤い頭髪が埋まってるのが見える
「お前さ、馬鹿?」
聞いた事も無い桜の低い声、スルッと腕を伝った温かい手が指先が強く患部をグチャグチャにする
「いっ、、馬鹿じゃない」
「馬鹿だね、痛い癖に」
ボタボタと床を染める赤い液体が桜の手も汚していく
「やめ、」
パッと離れた熱、首根っこを勢いよく引かれ後ろに体重が掛かるといつの間にか正面に立っていた桜に胸元を勢い良く突き飛ばされる
「やめて欲しい?」
背中に走った衝撃に顔を歪めている間に俺は桜に取り押さえられていた
「だ、だって、桜には関係ない、、」
「あぁ、そう、お前ってほんとに自己中だよな、自分の意見とか行動好き勝手やってるように見えて実の所黙りさん」
怒気を含んだ低い声が後半になるにつれて悲しそうにか細くなって途切れてしまうんじゃないかと顔を上げた先の目を見てハッとした、そう、この目だ桜は今日俺を助けてからずっとこの目をしている、暗い暗い夜の海みたいな
「今日だって何あれ抵抗する気微塵もありませんみたいな顔しちゃって俺結構怒ってんだけど?せめて俺家にいたんだから諦める前に助けくらい求めろよ」
(あぁ、これは怒ってるんじゃない、優しさだ)
そう認識すると驚きに引っ込んでいた涙がまた溢れてきた
「ごめん」
人生の中で1番素直に謝れた瞬間かもしれない
そんな俺の頬に伝う冷たい涙を桜の血塗れの手が優しく拭っていった
「煙草吸お」
俺の上から重りが退いて手を引く
「煙草の前に手洗えば?」
「いーや、煙草が先だね」
気づくといつもの言い合いをして結局俺が桜に負けて一緒に煙草を吸う事になっているし、その後は台所で手を洗っていると何故か夜食を食べる事になってチャーハンを作り出すしいつもの調子に戻っていた
「はーい、大人しくしてくださーい」
「そんな厳重にしなくてもほっとけば治る」
腕の手当をしてくれた桜が余りにも厳重にガーゼやら包帯やらを巻くのでピーチクパーチク言っていると黙りなさいと一蹴りされた
「深夜のチャーハンうんまぁ〜」
モグモグとリスみたいに米を詰め込む桜をみて今更罪悪感が湧いてくる
「さ、桜、あのさ本当怒らせてごめん、ていうか桜が怒るって思わなくて」
「んー、そりゃ人間だもん〜怒るよぉ」
今まで何をしても怒らずニコニコしていた男を怒らせた何て一大事である
「俺が怒った事より突き飛ばしたり乱暴な事して俺もごめん」
スプーンを置いた桜が俺に向き合う
「背中とか痛くない?大丈夫?」
「大丈夫!」
叱られた仔犬みたいに項垂れて元気の無い耳と尻尾が見えてきて可哀想になり食い気味で返事をする
「まほって痛くても言わなそうだからなぁ〜」
ジトッと疑いの目から逃れたくて明後日の方向を向く
「はぁ、、全く、これあげる」
そう言って包帯でぐるぐる巻きにされた腕を取るといつも大切そうに肌身離さずつけている楠木のブレスレットを俺の手首に結んだ
「は?え?いやいや、貰えないよ!!」
この数週間で桜がこのブレスレットをどれだけ大切にしているか痛い程身に染みて分かっているつもりだ、慌てて手首から外そうと試みる
「まーまー、貰うのが重いならまほが預かっててよ」
その手を柔く止めた桜はいつもブレスレットをみる愛おしげな眼差しを俺に向けていた
その日俺達は白みだした空と共にベッドに潜り込んだ
「ん"ぅ、、、」
太陽が真上に登り外から蝉のうるさい鳴き声が届く薄暗い部屋で目を覚ます
疲れて熟睡していたのか悪夢を見る事も無く穏やかに眠れた身体と頭はやけにスッキリしていた
(んん?)
寝ぼけ眼でベッドから抜け出そうと前身してみるも腹辺りをガッチリと拘束する何かに気づく
背中に伝わる高い体温がピッタリと密着して俺の項辺りに微かな風を感じる
(あ、昨日結局一緒に寝たのか、、)
お腹に回された腕も襟首に当たる寝息も背中に感じる熱も全て桜のものだと分かると安堵した
(これ俺が動いたら桜起こしちゃうよな)
モゾっと俺が身動ぎすると後ろから不満のような呻き声が上がる
どうしようかと考えあぐねていると尻から腰にかけて硬いものがゴリッと押し付けられた
(は?、ちょっ、、何!?)
体勢から推測するにきっと桜のナニであろう事は分かっていた
(まぁ、健全な男子中学生だしな、、朝勃ちくらいするだろ)
慌てる自分を冷静にする為の自問自答で納得する、しかしこうも目前にセンシティブな話を突き付けられると動揺してしまう
(ちゃんと男なんだな、、ってそりゃそうなんだけどさ!)
山手線ゲームが如く繰り広げられる脳内会議に浸っていると腹に回った腕がゴソゴソと動き始めた
(え?、、まっ、まてまて)
心内で掛かる制止の言葉なんて睡眠中の相手には届かないだろう事は分かっている
Tシャツ隙間から入ってきた手は俺の腹から上部に向かって撫でるように這い上がっていった
(おいおい、どこの女と勘違いしてんだよ)
スリスリと擦り付けるように揺れる腰、他人の手が普段人に触れられない部分を撫で回す事にゾワゾワと肌が粟立ち上ってきた指先が元気なってしまった胸中の1粒を掠める
「ッ、、、」
ピクッと揺れた身体に恥ずかしさが最高潮を超え、きっと血液が集中した顔は真っ赤だろう
「人の身体で勝手にオナってんじゃねぇええ!!!」
身体中を這い回る腕を振りほどき勢い良く起き上がった俺が桜を突き飛ばしベッドから転がり落ちて何事かと目を瞬かせる頭上に更に鉄拳を落としたのは言うまでもない
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