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第19話
「う"ぅ、、、とさん、やめ、、」
身体が上下に揺すぶられる感覚、継続的に続く激しい痛み、内蔵を押し潰される気持ち悪さが永遠と続く地獄
(桜、、助けて、、桜)
ハッと目を覚ますと薄暗いいつものリビング
悪夢のような出来事は現実では終わっていて静寂が流れている
「はぁ、、、」
床に転がった無惨な自分の裸体は先程までの情事を思い出させるには充分すぎて腕を目元に運ぶと硬いレザーの感触に涙が堰を切ったように溢れ出す
「う"っう"っ、、」
押し殺した嗚咽が口から溢れて目尻を伝って雫が床を濡らしていく呼吸が乱れて頭がクラクラするが関係なかった
感情が落ち着いた頃冷たいフローリングに力なく横たわる目からは静かにポロポロと水滴が流れるだけの機械になり窓から差し込む光をボーッと眺めていた
(風呂、、)
本当は今すぐにでも布団に潜り込んでしまいたいがそんな事が出来るはずもなく軋む身体を起こす
「い"っ」
全身を襲う痛みと泣いたのが原因なのか他の要因か頭から血の気がグッと引くような目眩を感じて咄嗟に手をついて倒れそうな身体を支える
そのままヨタヨタと壁を伝って風呂場に入ると温度なんか気にせずシャワーの蛇口を捻った
(冷たい)
降り注ぐ冷水が霞んだ思考をクリアにする
身体を洗うタオルを手に取り肌に強く強く押し当てて赤くなっても何度も擦り付ける、石鹸を付けて全身を繰り返し洗い続けドロッとしたものが太腿に伝う後ろの穴も乱雑に指を突っ込んで掻き出す
(まだ、まだもっと)
無心になって行う行為は自分の状態すら把握出来ずに置いてけぼりだ
「ハッ、、ハッ、、ヒュッ、、」
苦しい呼吸と熱い体、立ってる事も困難になってきて座り込む朦朧とした頭は駄目だと分かっていても眠気を誘って身体はゆっくりと横たわってしまう
(あぁ、死ぬのかな俺、こんな死にかたはやだな)
言う事を聞かない瞼をそのままに案外頭は冷静で考え事の延長線のような夢現な時間が何時間にも感じる程続き目を覚ます
(やばい出ないと)
実際の所数十分であっても冷水に晒された身体はキンキンに冷えてぐわんぐわんと回る視界が頭の鈍痛と共に襲い掛かる
「う"っ、う"ぐっ」
脱衣場に出て洗面台に手を付くと催した吐き気を手で抑えてトイレに駆け込んだ
「おぇっ、、ぅ"」
もどしても胃液しか出ない胃はそれでも何かを吐き出そうとヒクヒクと痙攣する
何とか嗚咽を堪えて服を着込みソファに蹲ると両腕で自分を強く抱きしめて目を瞑った
(大丈夫、大丈夫、大丈夫)
余計な事は何も考えないように頭を空っぽにして呪文を反復する
「はぁ、、はぁ、はぁ」
キーンと高い耳鳴りと荒い呼吸が頭の中で響いて体から伝わった震えが手に伝わり重なった腕が微かに揺れている
起きたら洗濯をして明日は学校に行こう、次に目が覚めた時にはきっと全てが元通りだとそう信じてグルグルと回る思考に身を任せた
「駄目だ、、」
真っ青な顔でダイニンテーブルに両手を預け一言洩らす
クシュンッとくしゃみをしてティッシュを1枚取ると鼻をずるずる啜った
(あ"ー、やべぇ熱全然下がんねぇ)
ピピッと音がした体温計に視線を落とすと38.4°
と表示された数字に撃沈していた
(ソファで寝たからか?、、)
昨夜悪夢に魘されて目を覚ますと散らばった制服を洗濯機に放り込みその後はしっかりと寝室のベッドに入ったのに、と思いながらズキズキ痛む頭を押えて気怠い身体を無理に動かす
(まー解熱剤飲めば何とかなるか)
どうしても今日は学校に行きたかった俺は今までの身体の頑丈さを顧みてそんな甘い考えで重たい体を引き摺りながら学校へと向かった
(うぅー寒い寒すぎる)
明らかにフラフラと覚束無い足取りで身震いをしながら向かう通学路は早々に羽織った学ランも案外着てるやつはその辺にいるが流石に中まで厚着はやりすぎである
「ゴホンッゴホンッ」
咳のためにしたマスクも今じゃ腫れた頬を隠すには好都合な隠れ蓑というわけで不審者により磨きをかけていた
(汗やばぁ)
ゼーゼーと荒い呼吸を繰り返し自分の席に倒れ込むように着席する、粒状の汗が首を伝う感覚が気持ち悪いがこの席に座ることは普段の日常を取り戻す第1歩だった
「ほらほら席つけー」
「ギリギリセーフっ!」
「セーフじゃないアウトだ、早く座れー」
前方と後方の扉がほぼ同時に開き教師の声と相変わらず元気一杯な藍の声が教室に響いてクラスメイトはクスクスと笑っている
「そんじゃ今日はだなー」
話を始めた担任、俺は自分の席に向かう金髪を目で追うと不意に振り返った藍と視線が合った、人の顔を見て上がった口角を逆に歪め眉を顰めると無視したように鞄を乱暴に横に掛けてフイッと窓の外を見てしまった
(何か怒ってる、、?)
よく回らない頭で怒らせるような事をしたか考えるが思い当たる節がないのでこれ以上不毛に考えるのは辞めて机に突っ伏した
「おい、おいっ、まほろ」
いつの間にか終わっていたホームルームも頭上から降ってきた言葉で目を覚ます
「お前はいつからそんな優等生になったんだよ」
「?」
脈絡のない会話に首を傾げると藍の手が手刀に変わって振り上げられるのが異様にスローモーションに見えた
「ッ、、、」
反射的にビクッと体を縮こませ机と椅子がガタつくほど大袈裟に揺れた身体
「はぁ、、」
吐き出された空気と一緒にフワッと優しく頭を包む手がすぐに去っていく
「体調悪ぃ奴は無理して学校くんなよ」
思った以上にガチガチに凍った全身に自分自身が1番驚いている
「ゴホッゴホッ、だって来たかったし」
鼻は詰まった掠れ声で反論すると困り眉の眉間が更に皺を濃くして何か言いたげな口をキュッと結ぶと長い溜め息をついた
「キツかったらすぐ言えよー」
比較的今日の時間割は身体を動かしたり移動したりする事が無く殆ど自分の席から動かずとも完結してしまったので午前中はあっという間に過ぎ去っていった
しかし問題は昼休みに起こった
(ふー何か熱上がってきたかも)
頬に当たる机がひんやりとしていて心地よく、
何だか水気が多くぼやける視界で目前にあるブレスレットの鈴をイジイジと揺らしてみる
何処も彼処も騒がしい校舎で独り置き去りにされ何だか心細い
(藍まだかな、、)
「ヒッ、、」
ペチッとぷにぷにした感触がとんでもない冷気を帯びて首筋に触れた
「なっなに」
手の平で首を抑えながら上げるのが億劫な上体はそのままに視線だけで衝撃の行方を探る
「ほら、持ってきてやったから貼っとけよ」
俺のリアクションに楽しそうに笑いながら冷却シートのフィルムを剥がす藍が立っていた
「デコだせデコ」
大人しく前髪を掻きあげて晒すと水色のシートより先に掌が近づいてきた
「あっつ!!おま、これ39°いってんじゃねーの」
固くした身体もそこそこにデカい声が頭に響く
でも自分より低い体温が心地よくてずっと触ってて欲しい気持ちになった
「藍うるさい、、」
「めんごめんご、はいおっけー」
痛いくらいの冷たさが触れたかと思えば一瞬にして体温と混じりあってその感覚を失う
「俺送ってったげよーか?」
「大丈夫」
目の前の椅子に腰掛けて頬杖を付くと退屈そうに俺がブレスレットを弄り回している所を上からジーッと見下ろされてる気配がした
「ふーん、じゃあどうしたのか聞いてもいい?」
壊れ物に触れるみたいに頬に付くか付かないかの位置で離れていった指先
きっと彼からはマスクの下の青くなった頬が見えている
「階段から落ちた」
「お前はよく階段から落ちんなー」
悲しそうにゲラゲラ笑うこの表情の下に色んな感情が渦巻いている事を俺は分かっていた
それでも言う訳にはいかなかった何だか藍の前では格好付けた自分で居たかったから
「そーいえばさー........」
明後日の方向を見て全く違う話しをダラダラしてそれに俺が相槌を打って馬鹿みたいに笑って全部無かったことになる
そんな関係を壊したくなかった、藍がそれ以上踏み入ってこない事に心底安心している自分がいた
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