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第23話

身体が柔いものに包まれ温かく良い香りが俺を取り巻く 自分が息をしてる事を理解して手放していた脳が活動し始めると耳に心地好い紙を捲る音が定期的に鼓膜に揺らした まだ眠っていたい身体が握り締めていた布に身に寄せて逃避しようとするが徐々に鮮明になる頭は止められない (俺どうしたんだっけ、、) 手繰り寄せた布から甘い香りが鼻孔を擽って ゆったり回っていた思考が回転速度を上げ始めると状況を把握しようと過去を回想する (そうだ、藍が保健室に連れてってくれて、、) どうしてもその後が思い出せない、仕方が無いので重たい瞼をゆっくり開けると隙間から淡いオレンジ色の光が滲んだ 「ゲホッゲホッ、、」 言葉を発しようと空気を取り込んだ喉が悲鳴を上げて噎せ返る 「やっと起きたかぁ〜」 優しくて少し独特な声、この声をもう一度聞ける事はあるのかと不安に思っていた 「、、、え?」 「間抜けな顔しちゃって〜ほい水、あと薬も飲めよ」 絞り出すような掠れ声に楽しそうな顔を浮かべて水を差し出して来るので状況が掴めないまま起き上がる 「藍は?」 「ざんね〜ん俺しかいませぇん」 水を1口飲んで喉を潤すと矢継ぎ早に質問した 「妬けちゃうねぇ〜人のブレザー強奪しといてさぁ」 何の事か分からず身辺を見回すと手元にぐしゃぐしゃになった布が上着だという事が分かる 「は?、、え?、ッごめん」 まさかの事態に慌てた俺は涎なんかで汚してないか心配して伸びない皺を伸ばそうと頑張ってみる 「やばっ絶対伸びないでしょ辞めときなって〜」 そんな俺の行動を見てクスクス肩を揺らしながらストップを掛けられたので大人しく桜にブレザーを返却する 「まじごめん、ありがと」 「い〜よ、全然」 受け取る時に伸ばされた指先が触れ合ったのを理解する前に俺の手がピクッと震える 「そんな事より良く寝たねぇとりあえず体温測りなよ〜」 気にした様子の無い桜にホッとした筈なのに何処か寂しい 「俺ってどんくらい寝てた?」 「うーん俺ん家付いたのが15時くらいだから〜ざっと26時間くらい〜?」 「は?寝すぎだろ1日寝てんじゃん」 相当眠りこけていたらしい自分が信じられず顔を顰めるのに大して桜はなんて事ないように言う 「そ〜?健全な男児なんてそんくらいよゆーで寝るでしょ〜」 「いや、寝な、、確かにお前はよく寝るもんな」 呆れた顔を向ければ折角フォローしたのに失礼じゃない!?とか騒いでいたが脇から鳴った電子音に遮られ体温計を取り出す 「37.8°がぁ〜下がったけどまだ熱あるんだから大人しくしときなよ〜」 「帰んなくていいの?」 優しい桜なら受け入れてくれる浅はかで狡い俺の質問 「帰りたいの?」 顔を見れずに逸らしていた視線を下げて俯くとそれを肯定と取ったのか頭上に手の平が降ってきた 「まぁ聞きたいこともあるしぃまずは本調子に戻す事だね〜、、、あっ今怖って思ったでしょ!」 視界の端に映った大きな掌が怖くて身体を縮こませるが感じたのは一瞬の髪の毛を梳く動作 「だって桜のそれ怖い、、怒ってる?」 後回しの質問には前科があるので恐る恐る窺うように顔を見上げると桜は困ったように眉を下げて笑っていた 「怒ってない、、って言ったら嘘になっちゃうかもなぁ〜」 「怒ってるじゃん!」 俺が棒読みで怖いよー怖いーと言いながらベッドの上に体育座りになるものだから困った顔も消え去ってお腹を抱えて笑う 「隙ありっ!」 「は?ちょ、何してんの、破廉恥〜!追い剥ぎの次はセクハラッ!?」 勢い良く上体を捻ってガシッと桜の腰元をロックすると左ポケットを間探ってビニールの感触を引きずり出した 「ばーか」 「うーわこんなのヤり捨てだぁ〜その気にさせて私で弄んでたのね!」 泣き真似をして成りきっている桜よりも今はお目当ての物が手に入ったので1本取り出してビニールに刺さったライターを抜くと火を付けた 「病人が煙草すーな〜」 「桜にだけは言われたくない」 言動と行動が伴ってない桜はご丁寧に灰皿を寄越してくる 伸びた灰を灰皿に叩き付けて窓の外に視線を向けるとカーテンを橙色に染めた夕陽が仕事を終えて帰っていく所だった 「まほろ何食べたい〜?」 「、、、味ないやつ」 何が食べたいかと聞かれると身体は機能を思い出したかのように空腹を感じ出すのに頭にはこれっぽっちも食欲が湧いてこない 胃が満たせれば何でもいい、そんな我儘な言葉に桜は何だそれと言いながらも温かいうどんを用意してくれた それから数日俺の微熱は長引き、またあの夏の日のように始まった共同生活はあの頃と違い学校に行く桜を俺が見送る側になっていた 「ただいまぁ〜」 「おかえり」 見慣れない他校の制服に身を包んだ桜を見ると本当に学生やってるんだなと実感が湧く 「はい、これ」 「ん」 帰って早々押し付けるように徐に手渡された物を反射的に受け取る 「何これ」 何も言わず横を通り過ぎて行くので疑問の声を上げるも答えは返ってこない 渋々手元に視線を落として確認すると馴染みのあるケースカバーにギョッと目を見開いた 「は?これどうしたの!!」 「取ってきたぁ〜」 呑気にそんな事を言っているが俺からするとこれが手元に戻ってきた事は一大事である 「取ってきたっていつ!?しかも直ってるし」 「学校行く前〜しゅーり出しといたの」 質問すればする程返ってくる言葉に脳の処理が追いつかない 「どうやって入ったんだよ」 「まほろくん、鍵の管理はしっかりね」 ニヤッとした悪い笑顔で俺の家の鍵をブラブラと指で遊んでいる男が諭すような言い方をする 「高かったろ、、金」 「い〜よ別に、ケータイ無いと大変だろ〜」 足りるか分からない財布を手に取ってお金を出そうとするもその手を止められて代わりに鍵を握らせるとさっさと去って行ってしまう 「ありがと」 「い〜え」 細い後ろ姿は長い髪を揺らして冷蔵庫を物色している、俺はもう一度手元のスマホに電源を入れてズラッと並ぶ通知に目を通す 「やばいバイトからめちゃ電話きてる」 分かってはいた事だがあの家で起きた事件以降何の連絡もせずにバックレていたので背筋に嫌な汗が伝う 「掛けてみたら〜?」 炭酸飲料片手に制服のネクタイを緩めて着替えに行くのか桜は部屋を出ていった 俺は緊張した指先で通話ボタンを押すと数コールの後、繋がった通話に全身全霊の謝罪をする 『あら、渕咲くん?良かったわぁ〜何かあったのかと思って心配しちゃった、学校は行けてるの?』 「本当にすみません、まだ行けてないです、、」 聞き馴染みのある女性の声が電話口の向こうで溜め息をつくのが分かる 「仕方ないわね〜最近新しい子が入ってくれたのよ、こっちの手は足りてるしもう来なくても大丈夫よ、体調治して学校にはちゃんと通う事学生の本分を全うしなさい」 やんわりと告げられたクビ宣言に覚悟はしていたが肩を落とす 「そうですか、ありがとうございました」 「はーい」 2年近く続けたわりにあっさりと終わってしまった事に社会の厳しさを知る 「はぁ、、」 「電話終わったー?」 職を失ったという事はお金が入らないという事でそれはとんでもなく大変な事態だ この先新しいバイトを見つけようにも中学生という身分で働ける職は無いに等しい、考えあぐねて溜め息をつくと桜がひょっこり扉から顔を出した 「うーん、クビにされたー」 「まじかぁ、まぁ何とかなるだろ〜」 ゆっくり考えればいいよと桜は言うけれどいつまでこの生活が続くのかも定かではないので俺の心はまた不安定に揺れていた

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