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第24話

閑散とした夜の街にシャッターを切る音だけが響く (うぅー寒っ) 冷たい風に耳がキンとする、自分の服がない俺が部屋から勝手に拝借してきたパーカーの襟を窄めるともう一度手に持った一眼を構えた (こいつ持ってきててほんとよかったわー、無かったら暇すぎて死ぬところだった) スマホが渡されるまでの良い暇つぶしになっていた深夜徘徊は学校に行かず昼夜逆転してる俺には絶好の趣味で夜の街並みがフォルダに増えていく (あいつまじ夜な夜な何処行ってんだよ) 熱が引いても日々何かしらに理由をつけて流されるようにズルズルと居座っていると夜に桜が家を空ける事が多いと知った 義務的で遊びに出てる様子も無いのでどこに行っているのか聞いても上手い事はぐらかされてしまう 「ミーッ、、ミー」 そんな事を考えて家周辺を散策していると何処からか甲高い動物の鳴き声がしてくる 興味本位で声のする方を辿って細い路地に入るとポツンと置かれたダンボールが目に留まった 「捨て猫?」 上から見下ろすように覗くとそこには1匹でプルプルと震えた手の平サイズの仔猫がか細い声でミーミーと鳴いていた 「お前1匹で可哀想だな、、」 しゃがみ込んでその小さな頭を指先で撫でる まだ碌に目も見えないのか与えられた衝撃を探るようにモゾモゾと後退って指先に濡れた鼻が触れた (何か俺らってこんな感じなのかな、、狭い箱に置き去りでさ) 去ってから暫く経つあの窮屈な家に思いを馳せ綿毛みたいな黒い毛で一頻りふよふよと遊んでからスマホを取り出してカメラを起動する 『かわいい』 ピコンッと通知を知らせる音が鳴って表示されたメッセージはただその一言 普段この時間に送り付けても返ってこない連絡が短文でも返してくれたそれだけで心臓がきゅーっと苦しくなる 「家主もこー言ってる事だし一緒に帰ろっか」 片手に収まる小さな体を抱き上げると1人舞い上がる高揚した気持ちで浮き立つ足を帰路に向けた 「ただいまぁ〜」 「おかえりっ!」 ガチャッと玄関の開く音に弾かれたように飛んで行った身体は目の前の桜にぶつかりそうな勢いで急停止する 「おーおー、熱烈なお出迎えだこと、そんなに俺に会いたかったぁ〜?」 「見て!」 ニヤニヤと茶化してくるのを無視してずいっと手の平を差し出して桜の様子を窺う 「ん、可愛いね」 手の平に乗った黒い綿毛を優しく撫でると俺の顔を覗くようにジッとみてフワッと笑った 「ドンキいく?」 「行く!」 待ってましたと言わんばかりのその言葉が何よりも嬉しくて一際大きな声で返事する そんな俺を見て桜も目を細めるとちょっと待っててと言って寝室に消えていった ラフな格好に着替えた桜と深夜のドンキで片っ端から猫用品を調達して帰ってくると猫を風呂に入れて丸洗いした 「おぉ食ってるー」 仔猫用のご飯をむしゃむしゃと食べるのを2人で眺めながら俺はとある事を考えていた (うーん、やっぱりそーだなぁ) 「アカ」 「黒だけど」 声に出して猫に問い掛けると風呂上がりの濡れた髪を拭きながらすかさず桜が反応する 「いーの、こいつはアカ」 「なんか聞き覚えがあって嫌なんだけど〜」 珍しく嫌そうな顔をするので俺の中ではこいつはもう絶対にアカだと決まってしまった 「明日病院連れてったげるなーアカ」 ご飯を食べ終わったアカを抱き上げて戯れてると俺の顔に影が掛かる 「ッ、、桜?」 一瞬固まった身体は俺と猫に覆い被さっているのが桜だと認識するとその警戒を解く 「病院もい〜けどさぁ、その前に何があったか教えてくれる?」 顔に赤いカーテンが掛かって正面の瞳から逃げられない (やばいやばい、これは絶対怒ってる) 背中に当たる冷たいフローリングが熱を持ってじわっと汗をかく 「な、何を」 「分かってる癖に〜」 桜がいくら優しいからってこれだけは言えなかった、事実を告げたら軽蔑されそうで自分から終わりにするにはこの場所は温か過ぎたから 「あ、目ぇ逸らした〜」 その目を見ている事すら出来ずに顔を背ける 「ふーん、じゃあ身体に聞こっかなぁ〜」 わざとらしい親父臭いセリフでも今の俺には本当に全て暴かれてしまう気がしていた 「ねぇ、震えてるよ」 裾から入ってきた手の平はあいつらとは別の物なのにどうしようもなく震えてしまう身体が止まらなくて憎らしい 「ハッ、、ハッ、」 それでもこのまま流されて桜で上書き出来るならなんて酷い事を考えてしまう 「やっぱや〜めたっ」 「なんっ、ハッ、ヒュッ、、」 「こっち見て」 気付かぬ間に苦しかった呼吸がピタリと止まる 長い長い触れるだけの優しい口付け 「吸って」 離れると同時に静かに発された一言で酸素を求めた身体は指示に従う 「吐いて」 慰めるような優しい声が継続的に指示を出してそれに合わせて呼吸する、まるで呼吸すらも管理されて生かされてる人形のよう 「ごめん、こうやってまたずるしてる」 生理的に浮かんだ涙を桜の指先が拭うと次いでとばかりに俺の唇を擦った その時俺はハッする、ずるをしてるのは自分の方だ嘘ばかりついてこのまま流されれば上書きできるなんて考えて挙句迷惑をかけて優しい桜に漬け込んで汚い俺は桜を穢す事しか出来ない 「ごめ、、ごめん、俺っ」 しゃくり上げて泣き出した俺を桜が抱き起こす 「大丈夫」 抱き寄せて背中を撫でる優しい手はもう何も怖くない 甘えだと分かっていてもその大丈夫に縋って口から本音が溢れ出る 「怖くてっ、、本当はずっと」 「うん」 「父さんが帰ってきて知らない男がっ、、ちゃんと抵抗したんだよ、、、」 所々詰まる俺の話を静かに頷いて待ってくれる 「だけど逃げられなくて、そのまま犯されて、、金になるって」 そこまで言うと桜はそれ以上言わなくていいと言うように強く抱きしめてくれた 「まほろが触れる度怖がってるの分かってたよ、きっと暴力だけじゃないって思ってた」 受け止めてくれる広い胸でボロボロと堰を切ったように溢れ出す涙がシャツを濡らしていく 「頑張ったのに傍にいなくてごめん」 「ちがっ、、俺、俺の方がずるいからごめん桜、気持ち悪いよね」 桜のそんな弱々しい声を聞いた事が無かった俺はまた傷つけてしまったと慌てて身体を離そうとする 「んぅっ、、」 離れた身体が顎を掴んだ手に引き寄せられて重なった唇からヌルッとしたものが入り込む 「馬鹿な事言わないで」 チュッと音を立てて離れていった体温がそのまま音を発する 真剣な目が絡み合って引かれるようにもう一度重なろうとした瞬間 「ミーッ」 元気な仔猫の鳴き声が甘いムードをぶち破った 「ほら、アカもそ〜思うって」 同意するような絶妙なタイミングに2人してクスクスと笑い出してしまう 吹っ切れた雰囲気に黒猫を手にジャレさせて遊ぶ桜を体育座りで眺めながら心に刺さった釘が1つ抜けたような気がした

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