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第28話
チャリンチャリンッ
「すみませ〜ん、営業時間まだなんで、、」
「俺、俺」
繁華街のビルの一室
オレンジの明かりが薄暗い室内を照らしている
「なんだ、、桜か」
20代後半に見えるお兄さんが桜を見ると先程までの高めの声を静めて手にした煙草に口付けた
「蒼士 さん、こいつ」
慣れた態度で店内を進んでカウンターの一席に腰掛けると隣の椅子を引いてそこに座れと促した
「おー、君がまほろくん?」
「あ、はい」
緩くウェーブがかったセンター分けがよく似合う美形が煙を吐き出しながら俺の名を呼んだ
「桜から聞いてるよー、仕事探してるんでしょ」
その言葉に俺はハッとする
「はい」
「うーん、本当は未成年とか働かせたくないっていうか駄目なんだけどさー」
キリッと上がった眉を下げて困った顔で桜に視線を移す
「こいつがね〜何でもするからお願いします〜って何回も言ってくるからさー」
「言ってませんけどぉ〜」
桜の真似なのか口調を変えておどけて見せるお兄さんに桜がムスッとした顔をする
それを見て、言っただろっと額にデコピンをお見舞されて茶化される桜は何だか弟みたいだ
「まぁこいつとは結構長い付き合いでさ、桜にも俺の系列店でホストの真似事っちゅーかやらせてんのよ」
その新事実にやっと今まで夜な夜な何処かに出掛けて行く謎が腑に落ちる
「こいつ俺のかーさんの元彼なの、そんで今はこのバーとホストのオーナーしてる」
「そーそー、俺がキャバクラのボーイ時代にこいつの母さんがキャストでさー」
世の中からしたらとんでもない爆弾発言を可笑しそうに話し合う2人はもう何の蟠りもないように見えた
「えっ、そうなんですか、若そうなのに凄い、、」
「アハハッ、ほんとに〜?嬉しいねぇ、こう見えて俺30超えてんのよー」
俺達の会話を隣で聞いていた桜も面白いと言うように笑っているが本当に若々しく見えるので仕方がないのでは?と思う
「本当はさーホストクラブオープンした時に従業員が足りなくて手伝いの内勤としてちょっとだけ働かせるつもりがいつの間にか板に付いちゃってねー」
コツンッと小突く蒼士さんの目は何だかんだとても優しい目をしてる
「辞めろっつてんだけどなんか人気も出ちゃってさーもう赤ん坊の頃から知ってる俺からしたらめっちゃ面白い」
「桜が赤ちゃん、、」
面白いと言いながらも少しトーンの下がった声は言わなくても心配が滲んでいた
「そっ!赤ちゃん!全然想像つかないっしょ? この憎たらしい顔からは!」
「もぉ俺の話はい〜よ」
えーなんでまだまだ話そうよーと話し足りない蒼士さんは桜に引っ付いて顰め面を更に歪めさせている
「まーそんなこんなでまほろ君の事情は桜から聞いてるよーうちは見た通り手狭でねぇ、常連も多いからやり易いと思うけど、どうする?」
首を傾げてにこやかな笑顔を向けられ正直働けるのならば何処でもいいと思っていた考えが変わった
「お願いします」
「はい、お願いします」
差し伸べられた手をキュッと握り返して、見つかった職場がここで良かったかもしれないと思う、それもこれも全て桜のおかげだ
「あっ俺ちゃんと名乗って無かったねごめん〜、早川 蒼士 っていいます、これからよろしくね?」
「よろしくお願いします」
フワッと微笑む蒼士さん、むず痒くなって横に顔を向けるとカウンターに肘を付いてこちらを見守る桜と目が合った
「良かったね」
「うんっ」
静かな微笑み、最近の桜はよくこの笑い方をする俺は子供みたいに無邪気に声を上げて笑う顔も好きだけど、この溶かした蜂蜜みたいな甘い笑顔が尚更好きだった
「ふ〜ん、桜が気に入ってるからどんな子かと思えばなるほどね〜」
「何だよその顔」
(何か蒼士さんって桜に似てるかも、桜が蒼士さんに似てるのかなぁ)
言い合いをしてる時の蒼士さんはまるで俺を茶化してくる時の桜そっくりで吸っている煙草も同じ所を見るとこの人を見て桜は育ってきたのかな、なんて考える
「俺はてっきりエル君みたいな姫みたいな子がいいのかと思ってた」
「あいつのどこが姫なんだよ」
桜はバッサリ切り捨てているけれど俺も蒼士さんの意見に同意だ
エルくんは俺の人生の中でも飛び切り綺麗な人だし桜の横にいても引けを取らない
「んー高級なペルシャ猫って所?気品がある」
「ま〜確かに、仲間内で汚い事してても何かあいつだけ汚く見えないんだよね〜」
桜の言葉に道路に唾を吐くエルくんを想像してみたけど確かに汚くないかもしれない
(これがイケメンパワーか)
「まほろ君はヒモ属性高そうだね」
突然回ってきた自分のターン、隣では桜が吹き出し、俺は褒められてるのか貶されてるのか分からない発言にリアクションに困った
「キャバ嬢とかお姉様に好かれそう、あとなんか変なの捕まえてきそう」
もしやこれは悪口のオンパレードなのではと気づいた時には桜が酸欠で死にかけていた
「何でだろうなーそのダウナーな無気力感?気怠げって言うのかなぁホストの方が向いてたりしてねっ!」
蒼士さんはニコニコと笑顔を崩さずにそんな事を言っているが今から雇う予定の人間への感想がそれで大丈夫なのかとこちらが心配になる
「駄目、ホストはやらせない」
さっきまで酸欠だったとは思えない程の切り替えではっきりと言うものだから俺と蒼士さんの間に一瞬の静寂が走る
「はいはい、分かってるよ、こっちのバーに居れば俺が店長でいつも立ってっから困った事あったら何でも言ってね」
宥めるように桜の頭に乗せた手は素早く叩き落とされてしまうけど気にした様子もなく俺に困った笑顔を向けてくれる
(桜だってやってる癖に)
俺にそんな事を言う権利など1ミリも無いのだけど子供扱いの優しさはたまに俺を苦しめる
「そんじゃ、次回からよろしくね〜!あ、あとまたエル君も連れてきてよ〜」
「あいあい」
手を挙げるだけで碌な挨拶もしない桜を追うように1度振り返ってお辞儀をするとお店を後にした
「乗って」
店下に停めたバイクに桜の掛け声で乗り上げる
「ありがと、桜」
「い〜え、何かあったらぁ俺に言って」
貰った赤いマフラーを鼻上まで上げると煙草とバニラの匂いが冬の風に乗って突き抜ける
お腹に回した腕が温まる頃にはお家に着いてしまうけどそれでも強くその背中を抱き締めていた
「「ただいま〜」」
「ニャーン」
拾ってきた時よりも大分大きくなったけどまだあどけなさを残すアカが尻尾を立ててお出迎えしてくれる
「手洗うから待ってね」
2人で仲良く手を洗っている間も足元をスリスリと行ったり来たりして甘えてくるので手を拭くと速攻で抱き上げた
「アカ〜今日も可愛いねぇ」
顔に顔をスリスリして愛情を伝えるのも今じゃ当たり前になっていて俺は完璧猫信者になっている
「俺はぁ〜」
イチャイチャしていた俺らの空間にずいっと桜が顔を寄越してくるのでその頬を押し返す
「チェッ、、俺も赤なのにさぁ〜!猫ばっか構ってずるいずるいずるい〜」
両手足をジタバタさせて分かりやすく猫に嫉妬するのが面白くて呆れた顔も出来ない
「スーパーで駄々捏ねる5歳児かよ」
ケタケタ笑う俺を動きをストップさせて見上げる
「構ってくれるまで話さないし動かない」
「絶対無理じゃん」
明らかに不可能だろという表明に苦笑いを浮かべて見下ろしても宣言を貫くつもりかプイッと顔を背けられた
「はいはい、どーんっ」
なんて事ないように装って普段のテンションで桜の上に雪崩込んだつもりでいたけれど、抱いていたアカを降ろす手が震えていた
「ふふっ」
「なんだよ」
トクトクと一定のリズムを刻む心音に耳を傾けていたらその胸が上下に震えた
「心臓早い」
その言葉に一気に首から顔に血が上るのを感じた
「耳も首も真っ赤、、」
クスクス笑う声が頭上から降ってきて顔を上げられない
「仕事、、決まっちゃったねぇ、、」
落ち着く腕の中、暖房が心地好く空気を暖めて
指先が優しく俺の髪を梳く、このまま瞼を閉じて眠ってしまいたかった
「会いに行くよ」
「ほんと?」
「ほんとぉ〜」
静かな室内に彩りを与えるみたいなポツリポツリとした会話
「嘘」
「嘘じゃないよ」
約半年前すぐ会えると言って会えなかったのは何処のどいつだと恨めしい顔で見上げる
「じゃあ毎日」
「流石に毎日は無理だろ〜」
どうしてこう困らせると分かってる質問をしてしまうのか、桜の前だと聞き分けのいい子の振りが出来ない
「ほら、嘘じゃん」
「ごめんごめん」
胸に顔を埋めてくぐもった声が震える
慰めるような手つきで頭を撫でられてムスッとした顔を上げる
「会えない日は電話するよ」
「毎日?」
「フフッ、毎日」
執拗い質問に普通は面倒臭がるものなのに桜は俺の好きな蜂蜜みたいな笑顔でそう言った
「絶対?」
「ぜったーいっ、約束する」
背中に回った腕がこれでもかと強く抱き締めて息が出来ない
「わかった、わかったから苦しっ」
人が苦しむのを見て笑うなんて何て極悪人だ、と思ったが桜が楽しそうならそれでいいや、ともう一度ペタンを胸に顔を預けた
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