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第35話side桜

高層ビルの屋上、遮るものが何も無いから見晴らしがいい、お陰様で風通しなんか抜群で暴風が体を貫いていく (暇だなぁ〜) フワッと浮いた体は空中を縦横無尽に飛び回り道路を歩く人ですら関係なくすり抜ける (皆寒そ〜) 8ヶ月ぶりに手に入れた身体は自由自在な代わりに三大欲求と五感の内、触覚、嗅覚、味覚を失っていた (俺の事幽霊って言うのかなぁ、いや、一応まだ身体は生きてるから幽体離脱?) 透けてる体は実体化も出来るみたいだけど中々に難しくて疲れるのでやろうと思えなかった (心霊現象とか写真ってお化けも頑張ってたんだなぁ〜) 全ての幽霊がそうとも限らないが、この目線に立つと感慨深いものがある ちなみに物を浮かせたりポルターガイスト現象と呼ばれるものも出来ない事は無い (おっ!いた〜) フヨフヨと上空を飛んでやってきたのは中学校 丁度昼休みの時間だったのかお目当ての人物は机に突っ伏して見知った顔と話してるようだ 「おっ前まぁた新しいピアス開けたろ」 「別にいいじゃん」 「いいけどさぁーもう開ける場所ないんじゃないのー?見してみ?」 そう言って伸びた手が髪の毛を耳に掛ける 俺が知っているよりも銀のアクセサリーで沢山飾られた耳は確かにこれ以上開けるのは困難な気がする 「あんま無茶すんなよーほへ食う?」 「食いながら喋んな、いらん」 プイッとそっぽ向いた後頭部を見て少し驚く 黒かった襟足が赤く染まっていたからだ (何か大人っぽくなったなぁ) 触れられない頭に触れてみる、毛先が指を貫通しても何も感じない事が寂しい 「そーやって飯食わないからどんどん痩せてくんだよー?」 「最近ほんとに藍ってお母さんみたいだよね」 俺の代わりに重なった手がまほろの頭を撫でる 「母さんかよ、せめて兄ちゃんにしてくれよ」 「やだ」 「あっそーですか」 相変わらずの関係に安堵しつつ顔を顰めた藍の表情が気になった 「まほろ、ほんとに良かったの」 「何が」 「高校」 端的に答えた質問に高校がどうかしたのかと俺が心配になってくる 「良いも何も無いでしょ、藍も高田もたかしもエルくんだって皆そこなんだから俺がそこ以外選べるわけ無いでしょ」 「まぁ、そうなんだけどさー」 何処の高校に通うかという話だったみたいだ 確かにもう中学3年の冬、決まっていて当たり前である 「皆が居れば大丈夫だよ、あいつが居なくても変わらない」 「なぁに言ってんだか、こんなに分かり易いってのに」 「ら"ーん"〜」 「はいはい」 藍が机に置かれた炭酸ジュースを指で弾くとそれを咎めるようにまほろが声を上げてペットボトルを手に取りベランダに出た 「う"ぅー寒ぅ」 身を縮めてしゃがみ込む所は変わらず寒いのが苦手なようで俺の口元に笑みが浮かぶ (あっ、ハイライト) ポケットから取り出したのは馴染みのある水色のパッケージで火を付けて煙を吐き出す姿を苦笑いで見守った 「1人で煙草吸ってんじゃねぇよ」 遅れてやってきた藍がまほろの隣に腰掛けて煙草に火を付ける (もしも、匂いが分かったらバニラの香りすんのかなぁ〜) ここまでの一連の流れを見ただけで俺の面影が色濃く残る男の子に嬉しくもあり悲しくもある (あいつが居なくても変わらない、か、、、) 簡単に忘れてしまえばいいのに、会話も触れる事も出来ない幽霊なんて何の意味も無い、なのに強がりなこの子が心配でどうしようもない 「てか最近どうなのー」 「藍って主語がないよね、最近って?」 「バイトの言い寄って来る人」 その言葉にピクッと反応する 「あれ言い寄られてるっていうのかなぁ」 「でも振ったのに貢がれてんだろー」 「貢っ、、まぁ確かに言い方悪いけど」 さっきまで忘れればいいと思っていた癖に寂しがり屋なこの子が変な奴に引っかからないか不安になる 「犬みたいなイケメンで金もあって真面目な大人の余裕〜って感じの人なんだろ?いいじゃん」 「誰でもいいわけじゃないし」 「じゃあ誰ならいいんだよ」 何だか聞いた事のあるフレーズが現実になってしまったようだ、あの時はそんなつまらない男辞めとけと言ったが実際そんな奴なら文句の付けようがないと思う (まてまてまて、そもそも男なのか?いや、話の流れ的に男だよなぁ) 8ヶ月ぶりの情報量の多さに頭がパンク寸前の俺は一旦撤退しようとベランダから降りる時 「桜、、桜は特別なの」 名前を呼ばれて立ち止まる、明らかにグッと下がった空気感 「はぁ、桜くんね、、」 藍の大きなため息がその暗さを物語っていて自分の事ながら申し訳なく思う (俺は特別ね) 脳内で反芻した言葉に乾いた笑いが溢れる まほろは分かっていないだけだ、俺は唯傍にいて弱みに漬け込んで依存するような誘導をしていただけだ 「やっぱりまだ好きなの?」 大分空いた間の後1度だけコクリと頷いた顔は口をギュッと結んで険しい顔をしていた、そんなまほろを見て藍が困った顔で笑う (まだまほろの中には俺がいる、、) 幽霊に心臓なんて無い筈なのに胸元でドキドキと脈打っている気がした (ほんと、何してんだろ) 今すぐその震える小さな身体を抱きしめたいけれど全てを通り抜けるこの腕では意味が無くて後悔が浮かんで来る 「もうちょっとで桜くんの誕生日だね」 「うん」 「お見舞いにケーキ持ってこうかー」 「起きないあいつに見せ付けるように食ってやる」 「おーおー、やったれやったれ」 (俺も今年はまほろの誕生日お祝い出来ると思ったのにな) 渡せないままのプレゼントを思い出すとそういえば家にいたアカはどうしただろうと思う (まほろが面倒見てくれてるのかな〜) 1つ気になると芋ずる形式で色々な事が気になってくる (このままじゃ俺まほろの傍離れらんないな) いつこの身体が消滅するのか、それともずっとこのままなのかは分からないけれど1日、もう1日とサヨナラを先送りにする日々が続いた

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