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第36話

些細な事で喧嘩をした、俺が突っぱねて子供みたいに無視して長引いて後は桜が許してくれるそうしたら仲直りして元通りのはずだった それがこんなに後悔する事になるなんてあの時は思ってもいなかったから 梅雨も明けて夏が近づく頃合、俺に1本の電話が入った 『落ち着いて聞けよ!桜がトラックに跳ねられた』 その言葉を聞いた時俺の身体の全細胞が死んでしまったんじゃないかと思った バイクを走らせている時のトラックとの衝突事故、桜の短い高校生活は3ヶ月ほどで終わりを告げあれから意識不明の昏睡状態が続いている 暫くの間、何をするにも無気力でかと思えば自暴自棄に荒れ狂っていた俺は藍に頼んで襟足を赤く染め、煙草の銘柄を変えた パタンッ 「ケーキ持って来たぞー」 病室の扉が閉まる音と努めて明るい声を出す藍 病棟の消毒の匂いとはまた違う香りの室内 「早く起きねぇから俺らだけで食う事になっただろー悔しいかぁ」 目を瞑って静かに呼吸する姿は寝ているだけのようでまだそこに体温がある事に安心する 2月8日の今日は桜の誕生日、手首には今だに去年あげたブレスレットが光っている 「火つけたぜーまほろ消せよ」 「え?俺?」 促されるままに16本の灯りに息を吹き掛けるけれど1発で全てを消すのは難しく2回3回と息を吐き出す事になった 「、、、おめでと桜」 「おめでとー!」 食おうぜ食おうぜとフォークを用意する藍を見て1年前が懐かしく感じる 「桜くんー俺らも高校生になっちまうぜー」 高校入試が近づく中学3年の冬 それぞれ何だかんだありながらも結局皆同じ志望校を目指していた 「おっ、新しい写真?」 「うん、入れようと思って」 持ってきたアルバムを鞄から取り出して印刷した新しい写真を仕舞っていく 「アカがまた大きくなったよ」 「ほんとだー、見せて見せて」 所々に友達の写真もあるものの風景と黒猫だけが増えていくアルバム 藍がページを遡る度見ていられなくて目を逸らした 「写真っていいよな、他人の見てる世界を共有できるって感じで」 「ッ、、、」 沁みじみと放たれた言葉に心がじんわりと熱くなってじわっと涙が浮かんだ 時々楽しかった思い出の数々が幻想だったんじゃないかと酷く自分を疑いたくなるから 「うん」 「どーしたんだよ、ほらケーキ食え」 こうして意味のわからない所で感傷的になる俺を藍は知らない振りして慰める 「いつもありがと、藍」 「うっわぁー、まほろが素直とか気持ち悪ー」 うげっと顔を顰めて嫌そうにしているけれど俺は本当に藍が傍に居てくれて良かったと思った ガチャッ 「ただいま〜」 帰ってきても物音1つしない家に挨拶なんてした事が無かった 「ニャーン」 それも今じゃ愛らしい小動物のお陰で家に帰宅するのが楽しみだ 「アカぁ〜手洗ったらご飯あげるからなぁ」 まん丸なオレンジ色の目をゆっくりと瞬きして言ってる事が分かるように返事をしてくれる 「ほら、沢山食べな」 台所で手を洗い、餌をアカの皿に入れてやる 今日は豪華に鰹節トッピングだ 「フフッ、、いい音」 餌をカリカリと噛み砕く音は心地好くて床にしゃがみ込んで食べ終わるのを見守る (はぁ、腹空かねぇんだよな) もりもり食べるアカに俺の分までよろしく頼んだと告げて俺は冷蔵庫から炭酸飲料を取り出した カシュッ (胃もたれかなぁ) ペットボトルに口付けて重たい腹を摩る 本日食したケーキだけにその罪を擦り付け、本当はずっと湧かない食欲に天井を見上げた (いつまでこんな事やってんだろ、、) 初めのうちは泣いて泣いて疲れる程、枯れた涙は、すぐ起きるよ、という周りの言葉に後押しされて1ヶ月2ヶ月そうやって時は過ぎてここまで来てしまった シュッ (、、甘ったる) キャップの隙間からガスが全て零れるのを確認するとカラカラと回転させて取り外した 出来心で真似した癖が今じゃ俺の癖になってモワッと広がる甘さと微炭酸がテッパンになっている (はぁ、行くかぁ) ため息をついてソファから起き上がると自室のクローゼットへ向かった (今日混むかなー) 始めてから一年以上経つバイトは桜が居なくなってから出勤日数を増やして蒼士さんには休めと言われるくらいだ (寒そ〜、厚めのダウン着てこ) 手に取ったダウンは桜の家から拝借した物で実はこの家にはそういう物が幾つかあったりする 「アカぁ〜俺仕事行ってくるからお留守番よろしくなぁ」 小さな頭をグリグリ撫でると今帰ってきたばかりなのにもう行くのかと不満気な声を上げる 「ごめんな、帰ってきたら遊んでやるから」 そう言って赤いマフラーを首に巻くと玄関でワンプッシュ香水を吹きかけた (もう、匂い分かんないや) 毎日のように身に付けてる匂いは自然と鼻を麻痺させて今じゃあまり匂いを感じれない 「行ってきます」 不安そうな大きな瞳がユラユラ揺れて零れ落ちそうに見ている黒い毛むくじゃらを玄関に残して俺は家を出た チャリンチャリンッ 「おはよーございまーす」 電車に20分弱揺られて第2の家と化した店内に足を踏み入れる 「おはよー」 染み付いたアルコールや香水、煙草の香り、そして毎日営業前に蒼士さんが焚くお香の香り 「今日も眠そうだね」 開店1時間前に到着した俺に愛想のいいお兄さんが顔を見て笑う 「そうですか?」 「また隈酷くなったんじゃないのーお通し食う?」 そう言って煙草の火を消すと裏に向かって冷蔵庫を開ける音が聞こえた 「飯食いましたよ俺」 「まーまー大したもんじゃないから味見がてら食ってよ」 渋々カウンターに腰掛け目の前に出されたポテトサラダに口付ける 「どう?」 「美味しい」 毎日お惣菜を作って出すのは蒼士さんのポリシーみたいなものらしくそのバラエティーは豊かでこうして出勤すると食べさせて貰う事が多い 「俺のポテサラ結構人気なんだよねぇ〜」 「明太子が丁度良く塩っぱくて酒に合いそうですもん」 コンビニやスーパーの物と違ってやっぱり人の手料理は温かい味がする 「未成年の癖に1丁前の事言うねぇ〜」 コップを磨きながら可笑しそうに笑って俺を見守るこの人の優しさは本物のお兄ちゃんみたいでここに入り浸せる1つの要因だ 「俺も手伝います」 「あっ、じゃあ掃除機かけてくれる〜?」 あっという間に食べ終わり食器を軽く片すと裏から持ってきた掃除機で店内の床を綺麗にする 「おぉ、藤井くん今日も早いね〜」 開店準備も整い時間がやってくると暫くして入口のドアが開く音がした 「はい、明日休みなんで」 「そっかぁ〜じゃあ今日は沢山飲めるね〜」 照れたように笑って奥のカウンター席に座る男性に蒼士さんが茶化すような事を言う 「蒼士くんが飲みべ上がるの怖いんで辞めてくださいよ〜」 お互い楽しそうに会話をしているので俺は奥からお通しを皿に移して持ってくる 「圭介さん炭酸でいい?」 小皿に乗ったポテサラをカウンター越しに提供してお決まりの割り物を一応確認する 「大丈夫だよ〜」 「はーい、今持ってくるね」 おおらかなこの人の名前は藤井(ふじい)圭介(けいすけ)と言ってこの店のお得意さんだ 「元々ポテンシャル高かったけどほんと最近は様になってるよね〜何か大人っぽい」 仕事の出来そうなスーツを着こなし、かきあげた短髪がよく似合う可愛い顔をクシャッと歪めて笑う 「そうかな?何も変わらないと思うけど」 「自分じゃ分からないだけだよ、何?恋でもしてるの?」 俺が初めて出勤した日からの付き合いでグイグイと押しが強い感じにすぐ打ち解ける事が出来た 「そんなんじゃないよ」 「あっ、ごめん忘れてた、好きなの飲んで〜」 「ありがとー」 慌てるように促されて俺は裏でジャスミン茶をコップに注ぐとカウンターに戻った 「乾杯っ」 「頂きまーす」 気の使える優しい男性、若くて覚束無い俺を気遣って何かと優しくしてくれる それでも何処か心がザワザワするのは何故だろう

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