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第38話
「で?」
「だ〜か〜らぁ〜」
身体が熱くて頭がフワフワする
煩いくらいのEDMが今は心地良い
「もういいの〜」
「何がもーいいんだよ、この前まで桜じゃなきゃだめーとか言ってた癖に」
薄暗い室内にネオンカラーのピンクや青のライトが飛び交って仄かに顔を照らす
「そうだよ、あんな悪魔辞めときな」
「エルまでそんな事言って」
呆れた顔をした藍は手に持ったプラスチックのコップに口付けて中身のお酒を煽る
「まぁ、お前の人生だし勝手にすればいいけど、行きずりの人食うなよー」
「そんな事しねーわ!」
俺の事を何だと思っているのか、3人でクラブの隅にある円卓を囲って和気藹々と酒を飲む
「じゃあ俺にしとく?」
「エルくんは駄目」
口角をニッコリと上げて自分を指差しているがキッパリと断った
「チェッ、、そんじゃ誰か紹介しようか」
「ありだね!」
エルくんとは友達という関係を崩したくないのでそういう事は出来ないが全く知らない人ならばその場凌ぎにいいんじゃないだろうかと思う
「おぉ、良い食いつき」
「後で後悔しても知らねーから」
俺の勢いに圧倒されて引き気味の藍が含みのある事を言うので眉間に皺を寄せる
「藍だってこの前まで圭介さんの事推してたじゃん!」
「それはそれだろ、一応その人はまほろの事真剣に好きみたいなんだし」
好きならば良いのだろうか、どういう基準を満たしていればこの寂しさが埋まるというのだろうか
「でも付き合うとか違うっていうか」
「そう思うんだったら思える人が出来るまで大人しくしてるんだなー」
こっちは真剣に悩んでいるというのに返ってきた答えは投げやりで納得いかない
「藍って案外ロマンチスト?俺は別に愛なんか無くてもお互いウィンウィンならいいと思うけどね」
「うっわ、不純ー」
そう?男なんてそんなもんでしょと言い切るエルくんは煙草を1本取り出してフィルターを机にトントン叩くと火を付けた
「俺らまだ15だぜー何が悲しくてこんな寂れてんだよー」
「人はそうやって大人になって行くのさ」
「何目線だよ」
壮大な話になってきて失笑している藍も煙草を1本抜く
「大人かぁ、俺ももう現実だけ見てたい、、」
円卓に突っ伏して泣き言を零す
全ての物事を割り切って考えられればあいつを思う恋しさも全て無かった事に出来るのに
「お前は逆にもう少し楽観的になれよ」
「そうそう、案外大人なんてちゃらんぽらんなんだから、気楽にいこう」
「エルが言うとなんか違う意味に聞こえるからやめろよ」
2人がじゃれ合う声が遠くに聞こえる、視線の先には少し疲れた様子の青いブレスレットがあった
「まー、今日は飲もうぜー?」
下がった土気を持ち上げようとコップを俺の頬にグリグリと押付けて中身の水分がチャプチャプ音を立てる
「ぬるっ」
「お兄さん達かっこいいね〜!」
絶妙な温さを感じて居た所に誰のものでもない可愛らしい声が響いた
「男飲み淋しくない〜?」
「一緒に飲も〜」
濃い化粧に露出度の高い服を着た女の子3人組が声を掛けてきて積極的にも藍に腕を絡めて身体を押し付けている
(藍目当てか?)
「お姉さん達可愛いね〜けど俺ら今日はちょっとしっぽりやってんのよー」
冷めた目で酒に口付けつつ様子を確認しているとやんわり断ったにも関わらず相当酔ってるのかお姉さんも負けじと縋り付く
「えぇクラブまで来てしっぽりとかありえな〜い!ほら〜あっち行って騒ご〜」
「ちょちょ、ちょ」
慌てて零れそうになるコップを机に置いて引き摺られるようにフロアへ連れてかれその後ろ姿はあっという間に人混みに呑み込まれた
「あれは帰って来れなそ」
「同感ー」
迎えに行くだけ無駄だと分かっている俺達は何も言わずに酒に口付けて会話を再開する
「お兄さん達はよくクラブ来るんですか〜?」
「いーやぁ?全然、君達は一緒に行かなくていいの?」
藍の代わりに円卓に着いた女の子達に仮面のような笑顔で質問をのらりくらりと交わして返した質問はあからさまに追い返したいという願望が滲み出ている
「あぁ、いいんです〜あの子酔うといつもどっか消えちゃうんで〜」
「そうなんだ」
(藍食われて性病とか貰ってきたらうけんな)
多分似たような事を考えているであろうと鉄仮面を壊さないエルくんを見る
じわじわと距離を縮めようとする女の子とさり気なく距離を取る男の攻防がそこでは密かに始まっていた
「ねぇ、」
クイッと袖を引く感覚がした方に顔を向ける
「一緒にドリンク取りに行かない?」
「そこの子と行けばいいんじゃないの?」
黒の長いストレートの髪が波打つように揺れ、
長い睫毛は綺麗に上がって瞳に力強さを出している、横から刺さるような視線を感じても俺は素っ気なく言葉を返して彼女がどうでるのか気になった
「あれ見てまだそれ言う?」
少しの間と細い指が静かに指した先にいたのは死んだ顔のエルくんと猫なで声で擦り寄る女の子だった
(いつの間に、、、)
「ね?、私まだ飲み足りないの」
そう言って空のコップを掲げて見せる、俺はテーブルに預けていた身体を起こすと灰皿に煙草を揉み消した
「ピーチウーロン」
カウンターから受け取った茶色の液体を両手で持ち、口に運ぶ
「意外と可愛いの飲むんだね」
「何、一緒にショットでも付き合ってくれるの?」
強気なセリフにう"っと顔を顰める俺を見てお姉さんは可笑しそうに笑った
「そーゆーのって男はカッコつけるもんじゃないの?」
「だって俺ショット苦手だもんー」
ポケットから取り出した箱から煙草を抜こうと視線を下げると残り2本になっていた
「渋いの吸ってるね」
「そ?」
俯いて煙草を吸うと煙が顔に直撃して目に染みる、目の前にいたお姉さんが横に移動して隣に寄りかかると白い指がコップの縁を拭って紅く染まった
「1本ちょうだい」
「お姉さん煙草吸うの?」
残数が少なくなる程にクシャクシャになっていく握り締めたパッケージをそのまま差し出す
「まぁね、、最後の1本いいの?」
「いーよ」
「ありがと、私の煙草も品切れなの」
そう言ってポケットから白と黒の箱を取り出した
「厳ついの吸ってんね」
「そうかな、某アニメの女の子だって吸ってるじゃない」
偏見かもしれないが俺が想像しているアニメが当たってるのだとしたらこんなに大人っぽい女の人でも恋愛アニメを見るんだと関心が湧く
「それって同じ名前の女の子の?」
「知ってるの?」
「ちょっとね、誰が好きなの?」
昔仲良かった女の子に熱弁された事がここになって生きてくるとは思いもしなかった
「男の子なのに珍しいね、タクミかな」
「へぇー、ぽいかも」
ぽいかも、その言葉が相当意外だったのか煙草を吸っていた顔を上げて俺の顔をジッと見る
「なんで?」
「なんでって?」
「だってタクミってよく嫌われてるじゃない」
信じられないと言うように詰め寄ってくる手にはしっかり煙草が赤く点灯していて危うく根性焼きされる所だった
「人間、誰を好きになろうが他人に変えさせる事は出来ないよ」
言ってから自分に言い聞かせるような言葉だと気付いて口元に苦笑いが浮かんだ
「ねぇ、あの子達は帰って来ないと思うけど貴方はこの後どうするの?」
「うーん」
時刻は深夜、エルくんの家に泊まる予定だった俺達は分断され共に帰る事は無くなった、ポケットの中には家の鍵が2本入っている、タクシーで帰るか友達を迎えに来させるか、カフェで数時間潰せば始発だって出る、正直なんでも良かった
「決まってないならさ、酔い醒ましに散歩付き合ってよ」
お姉さんが飲み干したと言わんばかりに空のコップを俺の目の前で楽しそうに振る
紅い唇が口角を上げ伏せた瞼がキラキラと光るのがとても印象的だった
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