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第40話
流れる景色は季節を感じさせ車は首都高を走っている、途中でサービスエリアに寄りチェーンの喫茶店で飲み物と軽食を買い2時間程車を走らせていた
「ごめんね〜こんな遠出させちゃって」
「気にしないでよ!約束してたんだし」
普段のスーツとは別の余所行きの格好に新鮮味を覚える、車は駐車場に停り休日の家族やカップルが同じ方向に歩いてくのが見える
「俺こそごめんね、免許持ってないからいつも車出させちゃって、圭介さん疲れたでしょ」
「まほろくんと出掛けられるなら疲れなんて感じないよ〜、俺運転好きだし」
相変わらず人懐っこい笑みは太陽のように眩しい
「俺今ならイカロスの気持ちが分かりそう」
「何言ってるのーほら行こ!」
顔に腕を翳すように茶番を繰り広げる俺を圭介さんは先に進むよう背中を押して急かせた
「入ってすぐにシャチ居るんだ」
「ほんとだねぇ」
館内に足を踏み入れた俺達は仄かに青い光に照らされて大きな水槽を見上げていた
「でもこんな水槽じゃシャチには狭そう」
周りの人はこの水槽を飛ばしてさっさと奥の広いスペースに行ってしまうけれど俺は暫くそこに立ち尽くしてジッとその巨体が優雅に泳ぐ所を眺めていた
「シャチ好きなの?」
「うん、白と黒なのもかっこいいしデカいし」
子供みたいな単純な理由に圭介さんは声を上げて笑った
「シャチのIQは人間で言うと4歳から5歳だとか本当は15歳から16歳なんて言われてるらしいよ?」
「へぇ〜流石物知りだね」
似通ったりな年齢に何年もこんな所に閉じ込められて何を考えているんだろう、と思った
もしも俺がシャチならばこんな狭い中に何年もいる事は堪えられるだろうか
「他にも色々居るみたいだから行こうか」
横にいた気配が移動して釣られるようにその場を後にした
「僕クラゲって結構好き」
「幻想的だよね」
色とりどりにライトアップされた水槽に小さいのから大きいのまでふよふよと漂うクラゲ
綺麗だと思うと鳩尾辺りに両手を運んだ
(今日持ってきてないんだった、、)
両手は宙を切ってカメラがそこに無い事を知ると代わりにスマホで写真を撮った
「今どきだねネットにアップしたりするの?」
「そういう訳じゃないけど」
何だろうこの違和感は、いつものニッコリ笑顔でもその裏に暗さを感じる
「良かった、僕そういうのあんまり好きじゃないんだよ、ほら後ろも詰まっちゃうし次見よ」
テキパキと去っていく後ろ姿、俺はその日水槽を見てる振りをして圭介さんについて歩く犬のように館内を見て回った
「楽しかったよ〜ありがとまほろくん」
「そんな、俺何もしてないけど」
早めの夕食を取ってから帰ろうと言って入ったイタリアン料理で魚のカルパッチョを頼もうとしたら趣が無いと怒られてしまった
「君は居てくれるだけでいいんだよ」
趣味も考え方も全然違う、人は愛し方さえも千差万別だと改めて思い知る
(この言葉も喜ぶ人は居るんだろうな)
趣味の家庭菜園から始まり野菜の蘊蓄を繰り広げ毎朝飲む珈琲の豆への拘り、途切れない話に俺は耳を傾けて相槌を打つ
(このパスタちょっと塩っぱい)
そんな事を言ったらまた怒られてしまうのだろうか、ふと昔食べた焼肉のタレがビシャビシャ掛かった頭の悪い野菜炒めを思い出した
(あれに比べたら全然マシか)
思い出し笑いに口角が上がる、何だか目の前で行われるくだらない会話も今ならご機嫌で聞ける気がした
「よし行きますか〜、寒かったら言ってね、後ろに毛布あるから」
「ありがとう」
身1つ外に飛び出たバイクに比べればクルマ何てものは寒さ1つ感じない程快適でまた過去を思い出してる自分がいる
「まほろくんってさ、そのマフラー大切にしてるよね」
「え?」
突然繰り出された質問に驚いて反応が遅れた
確かに俺は室内でも外さなくていい場面ならマフラーを外す事が少ないので失礼だったかと勘繰ってしまう
「店長に貰ったの?」
「店長って蒼士さん?違うよ?」
圭介さんは暫く間を溜めて重大機密を聞くようにひっそりとその名を出した
「そうなんだ、良かった」
安堵するような深いため息に今度は俺がここで出てくるとは思いもしなかった名前に疑問符を浮かべる
「どうして?」
「いやぁ、もしかしたら付き合ってるのかと思ってさ」
「へっ、俺と蒼士さんが!?ないないないっ」
本人のいないところでこんなにも全力否定されるのもどうかと思うがこの事に関しては確り否定しておかないと大変な事になると思った
「ハハッ、そんな否定しなくても、蒼士くんが可哀想だよ」
深刻な表情も身を潜め自分で聞いておきながらそんな事を言うので俺もムキになって言い返す
「圭介さんが言ったんじゃん」
「ごめんごめん、君たちが何だか似てきたからさぁもしかして付き合ったのかと思って、ほら煙草とかまほろくん変えたじゃん?」
まさかのそういう事になるのかと自分の軽率な行動に頭を抱えたくなった
「違うよ、、確かに蒼士さんの事は尊敬してるけどそーゆーんじゃない、しかもあの人結婚してるし」
「そっかそっか、てっきり蒼士くんも君には特別優しくしてるもんだから勘違いしたよ」
俺の頭に手を乗せてポンポンと2回バウンドさせると電子タバコを片手で上手いことセットさせた
(蒼士さんが俺に特別優しくしてくれるのは桜が大切だからだよ、、、)
言えない思いが胸中を渦巻いてそのもやもやを吐き出すように俺も煙草に火を付けた
「眠かったら寝ていいからね」
誤解が解けたからかご機嫌に鼻歌を歌い出しだ圭介さんに俺は小さく返事をして灰皿に灰を落とす
ブォオン....
後ろから聞き馴染みのあるバイクの激しい排気音が聞こえてくる
(旧車だ、、、)
赤いテールランプが交差して暗闇に残像を残すように目の前を走っていく
「うるさいね」
惹き込まれる視線に胸がドキドキ煩いのを抑えるようにギュッとシートベルトを力一杯握り締める
(あぁ、、もう消えちゃう)
楽しそうなエンジン音が遠のいていく、仲間と共に走り去っていく何処へ行くのか何て分からないけれど俺もこの場から連れ去ってはくれないだろうか
(暑い、、、)
冷たい風に耳がちぎれそうになってもそんなのどうでも良くて身体は温かかった、それが心地良くて羨望と嫉妬が入り交じる胸にグッと喉が詰まって息が苦しい
(息が出来ないほどの風にあたりたい)
俺は燃えたばかりの煙草の火を消してマフラーに顔を埋めるとポカポカと温い空気に目蓋をそっと閉じて寝た振りをした
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