43 / 65

第43話

「レイラさ〜ん!」 「まほちゃ〜ん!」 玄関を開けて走って行くと台所で揺れる黒髪にただいまと言いながら飛び付く 「おかえり〜」 「ほんと懐いてんなー」 俺の事を抱き留めてクルッと半回転回すると後ろから藍が買い物袋をぶら下げて冷蔵庫にアイスを入れていく 「れなちゃん無理しなくていいからね」 「ううん、なんか家族みたいで楽しいから」 れなとはレイラさんの本名であれからちょくちょく会うようになった俺達はこうして家で一緒にご飯を食べる機会が増えた 「今日は高田とたかし遅くなるって」 「そっかぁ、先に分けて取っておこうかな」 藍がそう告げると考えるような仕草をしてちょこっとしたお惣菜を取り分けている 「まほちゃんこれ使っていい〜?」 リビングで夜ご飯のセッティングをしていた俺に台所から声が掛かったが誰よりも早く藍が返事を返した 「それまほろが命よりも大切にしてるから辞めた方がいーよー」 「なんで藍が応えんだよ」 目の前のしたり顔を俺は冷めた目で見る 「あら、そうだったのごめんね」 「いいよ、使おう」 使おうと言ったのはレイラさんの手に握られた青と赤のマグカップで俺はあれから壊れるのが怖くて棚から取り出せずにいた 「これすっごい可愛いね」 「うん、赤が俺のお気に入り」 ガスコンロにセットされた鍋はグツグツと音を立てて皆で机を囲う、お茶が入ったカップに目を落としてそう言うと長い睫毛を瞬かせて不思議そうな顔をした 「あれ?てっきりそっちがいいって言うから青がお気に入りなのかと思った」 確かに俺は赤がお気に入りで使う事が多く気が付いたら専用のコップみたいになっていた、逆を言えば青は桜のコップみたいなものでそれを他人に使わせるのが何だか嫌だという子供みたいな理由に1人笑ってしまう 「?」 「気にしないで、病気だから」 黙々と白菜を口に詰め込んだ藍が徐に立ち上がり迷わずに棚から1冊引き抜いてきた 「ほら、これ見たら分かるよー」 「あっ、藍!」 引き留めるより先に他人の手に渡ってしまったアルバムが細い指先により開かれる 「うわぁ、凄いこれ全部まほちゃんが撮ったの!?」 「まぁ、うん」 元気を無くした俺に藍が腕を回して皆で写真を覗く形になる、気恥ずかしくて逸らしたくなる視線もやっぱり何度見ても温度が褪せない風景に魅入ってしまう 「これ、、」 「そーこれ」 風景と時々友達の写真が混じり存在を知っているレイラさんは笑いながら藍がする思い出話に付き合ってくれていた、ページを捲る白い指がある所でピタリと止まり1枚の写真を指差す 「もしかしてまほちゃんの」 「ご名答」 初めて桜を撮ったあの橋の麓、俺が事ある毎に赤に拘り俺らと一緒に机を囲む黒猫の名前もアカな事からこの人には言わなくてもバレるだろうと思っていた 「フフッ、真っ赤だね」 「そうなのよー因みにこいつの名字も漢字の赤でセキって読むの」 可笑しいだろ?と言うように笑う藍の目は優しくてその話を聞くレイラさんも1ページ1ページ大切そうに捲ってくれる 「幸せそうなまほちゃん」 いつの間に仕舞ったのか赤いマグカップに口付ける去年の俺の写真に指を這わせてそれに藍がほんとだなと小さな声で相槌を打つ 「アカもこんなにちっちゃかったんだなぁー」 「でっかくなったのにね、、」 今じゃこれ以上大きくなる事がない成猫サイズを桜が見たらなんて言うだろうと思いを馳せる 「よーし、沢山食べよう!君達育ち盛りなんだからもっと大きくならないと!」 最後のページをパタンと閉じてどうしても暗くなってしまう俺達の空気を断ち切るようにレイラさんが明るい声を出す 「ほんとにまほろはしっかり食えよーガリガリもやし」 「うるせー」 兄弟喧嘩みたいに言い合う俺らにレイラさんは何も聞かずにこうして温かい目でいつも見守ってくれる、今じゃ俺らのお姉ちゃんみたいなお母さんみたいな存在になっていた 「てゆーかお前そろそろあの家に俺呼び付けるの辞めろよ」 「とか言いながらいつも来てくれるじゃん」 夜も更けてお酒が登場するとほろ酔い気分の俺達の会話もヒートアップして藍がそんな事を言い始めた 「れなちゃんも何とか言ってやってよー」 「え〜、私?恋愛について人にとやかく言えないんだけどなぁ」 俺が圭介さんとそういった関係になった事は周知の事実で初めは肯定していた藍も呼び出し回数が増えるにつれ批判的になっていた 「そもそもあんなに乗り気じゃなかったのに何で今更そんな関係になったんだよ」 「だってお金くれるんだもん」 解き放たれた一言にその場がピシリと凍りつく 「まほちゃん!?」 「まほろ、、お前そーゆーの売春って言うんだぞ」 レイラさんはづかづかと傍に来て肩をガクガクと揺さぶってくるし目の前に座った男は真剣な顔で力説している 「レイラさん、、」 「うん?」 ひしっと抱き着いてくる身体を受け止めつつ伏せた視線の先には取り皿に残る鍋の具材 「同じ穴の狢っていうのは居心地がいいよね」 社会から隔絶されたベッドの中では自由でいられる気がした 「まほちゃん、、、」 「人生ってずっとこんな虚しさの繰り返しなのかな」 抱き締められた身体が温かい、瞼を閉じるとドスッと身体にぶつかる衝撃を感じる 「馬鹿だなお前」 王子様のキスは夢から覚めさせてはくれなかったけれど2人分の体温を感じる事が出来たのならそれだけで良かったと思えた 「おーすっ」 「おつかれぇ〜差入れ持ってきたよ〜」 「え、何3P?」 暫くそうして抱き合っていたら雰囲気をぶち壊す3人の明るい声が室内に響いた 「たかしお前飯抜きな」 「えぇ〜俺れなちゃんの鍋楽しみにしてきたのに〜」 藍が上体を起こして去っていくと代わりに派手な女の子が甲高い声を上げて近づいてきた 「れなちゃ〜ん!」 「あいちゃん!」 まほ邪魔〜と除け者にされ早々に撤退すると女の子達は2人でキャッキャと騒いでいた 「高田ー俺酒飲んじったから帰りれなちゃん送ってったげてー」 「へいへい」 たかしが愛ちゃんを連れて来たという事は自分の単車を走らせて来たという事なので丁度よくケツが空いている 「まほろ俺の単車置いてっていー?」 「いーよ」 冷蔵庫でアイスを物色している藍の家はすぐそこなので歩いても帰れるだろう 「まほなんかアイス食う?」 「俺桃味」 「桃なんてあったかなぁ〜」 冷蔵庫に仕舞う前にコンビニ袋片手にやってきたたかしが1つアイスを手渡してくれる 「そんじゃ鍋パ第2弾始めますか〜」 数々のお惣菜が机にまた彩りを与え増えた人数で机を囲ってお腹が満たされればスマホでオンライン対戦を繰り広げ遅くなるまで馬鹿騒ぎは続いた

ともだちにシェアしよう!