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第44話

朝から降り頻る大粒の雨が店の窓ガラスを叩きつけていた、バイトに出勤した俺は雨のお陰か人足の少ない営業時間に今日は早上がりかな、なんてそんな日に限って駆け込み乗車のようなお客さんに期待を裏切られる (はぁーまじ腰いてぇ) 昨夜の乱暴な情事に噛み跡がそこら中に残る身体もズキズキと痛んでセックスというのはこんなにも過酷なものかと鈍痛に怠い腰を摩った 「まほろく〜ん、聞いてる〜?」 業務用の製氷機からペールにアイスを追加しているとカウンターからナヨナヨした声が降ってくる 「聞いてますよ」 「でね彼女がさ、あ、元カノかぁ」 つい最近浮気されたばかりらしいサラリーマン風のこの男はまたしてもしくしくと泣き始めカウンターにうつ伏せてしまう 「も〜飲んで忘れましょ?」 大人がこんなにも弱々しく落ち込んでる所を慰めた事が無い俺はその肩に手を乗せてお酒を促すしか出来なかった 「ていうかさ〜まじもう1年くらい会ってない〜」 「桜くん?」 横から聞こえてきた女の子の声、唐突に上がったその名前を耳は敏感にキャッチする 「そ〜辞めちゃったのかなぁ」 「担当とかヘルプの子達もはぐらかしてばっかりだもんね〜」 カウンターに頬杖をついてグラスに口付ける指先が豪華にキラキラと輝いている派手な女の子達 「私結構本気で好きだったんだよねぇ」 「あんた結構ズブズブだったもんね」 流れ込んでくる会話の内容はきっと蒼士さんの経営するもう1つのホストクラブの話で作業をしながら接待している蒼士さんは相槌を打つ程度だ 「今何してるんだろ〜」 「結婚でもしたんじゃない?水揚げてきな?」 「えぇ〜そんなの嫌ぁ〜ねえ蒼士さん何か知らないの?」 あの歳で結婚なんてそんな訳が無かろうと言いたいが俺達は年齢を偽って働いているので何も口出しが出来ない 「あっちの事はあっちの店長に任せてるから俺は分かんないなぁ〜」 「あぁ、蒼士さんまで〜」 困った顔を作って無難な言葉を口にすれば若い女の子達はキャッキャ言いながらも上手い事丸め込まれる 「あんた頑張ってたわりには相手にされてなかったもんね」 「う"ぅ〜そんな事ないもん!枕して貰った事だってあるもんー」 嘘つけという友達に本当だもんと返す会話が俺の頭を右から左に流れていく、夜の世界に居て枕という単語を知らない人はいないだろう 「もうそのくらいにしておきな、あと、嘘でも本当でも可愛い女の子が公衆の場でそんな事言わないの」 ヒートアップして詳細を詳しく話だそうとした女の子達を蒼士さんが窘める 「まほろくん、、お水ちょうだい」 ボーッとしていた頭を切りかえて目の前でうっぷと嘔吐く男性にペットボトルの水を用意し声を掛けた 「ちょっと大丈夫?トイレ行く?」 カウンターから出て行き肩を貸して何とかトイレに間に合った、水を片手に背中を摩る チャリンチャリンッ 「ありがと〜」 扉が閉まる音と同時に蒼士さんが盛大なため息をつく 「まほろくんごめんね〜大変だったでしょ」 「いえいえ」 トイレで酔い潰れたお客さんの介抱は中々の長期戦で途中寝てしまってからは一向に起き上がらず相当な時間を食ってしまった 「遅くなっちゃったねぇ、送迎もないしどうしよう、俺が送ってこうか?」 最後の1人を追い出すまでにお店は粗方閉店の準備を終えてしまい後は出るだけの状態だ 「あー、でもちょっと待てば始発も出る時間だし電車で帰りますよ!」 「ほんとに?今日体調悪いんじゃない?」 痛い所を突かれたとギクッとするがそれは多分蒼士さんも一緒で今日は相当お疲れみたいだ、眉を下げて顔を見てくる顔には薄らと顔色の悪さを感じる 「俺の家最寄りから徒歩数分で着くんで大丈夫ですよ、蒼士さんもゆっくり休んでください」 「ありがとね、気を付けて帰りなよ〜」 俺の頭に置かれた手は何処か懐かしさを感じてもう少し撫でて欲しいなんて気持ちが湧く前にサッと離れていった 「はい、お疲れ様です」 「おつかれ〜なんかあったら連絡して〜」 再度会釈をしてお店を後にした、外は雨がアスファルトを濡らして土の匂いが立ちこめる、更に冷え込んだ空気が息を白く染めていた (30分くらいかな〜) 水が滴る傘を閉じて駅構内で時刻表を見上げる 微妙な時間にホームに出て待つには寒すぎると柱に背を預けてスマホで時間を潰す事にする 「おい、、、お前だな」 人も疎らでお店も閉まってる静かな空間にポツリと放たれた低い声、まさかそれが自分に向けられたものだとは思わず反応が遅れた 「聞いてんのか!お前だよ」 肩をガシッと掴まれて体重を預けていた傘が地面に倒れて盛大な音を立てる 「え、、、」 「え、じゃねぇ、よくも、、、」 突然の展開に頭が追い付かない、鬼気迫る表情で顔に唾を飛ばしてくるこの男性を俺は知らないし、この場に到着してからこの人に対して失礼な行動を取ってしまった記憶もない 「こんなクソガキにっ、、、お前のせいだ」 有り余る勢いは段々と弱々しくなっていき震える声で俯いてしまった 「あの、、、」 「お前が悪いんだ」 「ぅわっ、、、」 恐怖よりも心配が勝ってしまった俺は顔を覗き込むようにして声を発した時、固定されていた身体が突き放され肩に感じていた痛みが消える (いったい何だって言うんだ、、、) 数歩下がった俺はよく分からない状況を整理しようと視線を上げた時、彼の手元にキラッと光る銀の刃物が目に入った (は?何どういうこと、、、) ドラマの撮影もしくはドッキリみたいなシチュエーション、荒い呼吸で瞳孔の開いた男は明らかな異常者で頭が警告音を鳴らしている (まずい、、、) 今にも襲いかかって来そうな迫力に流石にやばいと思った俺は彼に背を向けて全力疾走で飛び出した 足が地面を蹴る度に尾骶骨から背中にかけてズンズンと鈍い痛みが走る、俺は細い身体を利用して壁スレスレの路地を肩が擦れるのも気にせず突っ切った 「はぁ、、はぁ、、」 心臓がこれまでに無いほど仕事をして上がる呼吸が喉をヒリヒリと傷ませる、怒声のしなくなった後ろを振り返ると彼の姿はもう見当たらず少しの安堵が胸に湧く (ふらふらしてたし薬中か、、?) 途中途中振り返って見た男はヨタヨタと何処か頼りなげで今にも倒れ込みそうだった、煙草を吸っていると言っても流石に10代全盛期、脚の速さには自信があった ガチャッ 「はぁーー」 久方ぶりに開けた扉の中に滑り込んで鍵を掛けたかしっかり確認してから扉を背にしゃがみ込む、頭からつま先までずぶ濡れの身体が玄関に水溜まりを作ってピチャピチャと音を立てる (死ぬかと思ったぁーー) 未だにドキドキと早鐘を打つ心臓に周りを取り巻く落ち着く匂いが平穏を思い出させる、もう二度とこんな修羅場は経験したくないと強く思った 「風呂、、、」 勝手知ったる様子で濡れた衣服を洗濯機に放り込みボタンを押すとガタガタと音を立てながら回り始めた、俺はそのまま浴室に入り冷えた身体を洗い流す (ちょっとはいいサイズになったんじゃない) フルチンで桜の部屋を物色すると彼が寝巻きにしていた服に袖を通す (今日まじ疲れた) 1日の始まりには想像もしていなかった事態というのはいつも突然やってくるもので、身体も心も疲れ果てていた俺は眠い目を擦りながら洗濯し終わった服を適当にハンガーにかけ室内に引っ掛けて置くと懐かしいベッドに潜り込んで気絶するように眠りについた

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