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第47話

日が沈むのが早く薄暗い部屋で天井を見上げながら煙草の煙を燻らす 暫くの間ベッド上でそうやって何も考えない時間を過ごしていた 〜♪ 『、、、もしもし』 呼び出し音が鳴り止み電話口から男性の声が聞こえる 「もしもし、圭介さん?」 初めて声を出すみたいに喉にへばりつく言葉達を絞るように一言だけ押し出す 『まほろくん?、、どうかした?』 掛けた相手が黙り込むというのは困ったもので相手が困惑しているのが伝わる 「あー、そのさ、、、」 『まほろくんから掛けてくるなんて珍しいね、俺の声聞きたかったとか?』 言い淀む俺に変わらぬ調子で畳み掛けてくる会話 「うん」 『えー、ほんとに〜?嬉しいな』 この男が思ってもいない事を軽々しく口に出している事は存分に理解しているので俺もその調子に乗っかる 「ねぇ、今から会えない?」 この2ヶ月近く自分から誘った事なんて1度も無いのに絶対に断られる事は無いだろうという謎の自信があった 『ごめん、今日は無理なんだ、、』 どうせそうだろうとベッドから起き上がって着替えようと行動した時、理解の追い付いた脳が反対の言葉だと認識する 「え?」 『ていうか、もうこういう風に会えないかも』 一方的な別れの言葉、どういう風の吹き回しだろうと一昨日辺りまで気持ちよさそうにベッドで腰を振ってたじゃないかと色々な言葉が湧き上がる 『俺、結婚するんだ』 結婚、結婚とは何だろうとその2文字が頭を埋めつくしてぐるぐる回る (は?この人ゲイなんじゃないの) 『実は職場の部下に手出したら妊娠しちゃってさぁ』 いやぁ困ったよと電話口でヘラヘラ笑ってその子の特徴なんか教えてくるこれは惚気というもの何だろうか 『僕は男しかいけないと思ってたんだけどねぇ〜何か可愛く見えてきちゃってさぁ』 もう男抱けないかも何て軽々しく発言しているがこの人の言ってる言葉が何一つ理解出来ない 「で?」 『うん、だから俺達終わりにしよ』 子供な俺は最後の嫌味とばかりに発した言葉も意に介さない様子であっさりとそう言った 『またお店には顔出すから〜、まほろくんも男遊びは程々にね〜』 プツンッと呆気なく切れた電話を思い切り振りかぶって壁にぶん投げる 「はぁ!?何だよそれ!意味わかんねぇ!一方的に関係取り付けて最後はお前の都合かよ!」 フツフツと湧く行き場の無い怒りを発散させるように布団を殴り付けた (何が男遊びだ、お前のセリフだろっ) 別にいつ切れてもいい関係だった、好きでもないしそれなのにズルズルと関係を続けて情が湧いていたのかもしれない (いや、共犯者が居なくなったからだ) 遊びでもなんでも良かった、嘘に嘘を塗り固めてそれが実は本当なんじゃないかと、この後に及んで藻掻いていた (あぁ、もういいや) 全て全て終わってしまった、追い付いた背中はそこには無かった (スマホ壊れてないかな) 冷たいフローリングに足を付けて壁紙に傷をつけた長方形の板を手にする (生きてた、、) ヒビの入った画面を操作して文章を作る、もしも携帯が死んでいたらポストにメモを投函しても良かったのだが (藍が無理ならレイラさん、それも無理だったら高田かたかしか周りの奴らに、、) 今まで沢山わがままを言ってきた、きっと最後の我儘くらい藍は叶えてくれる (これで借り返せるかな) 引き出しから白い封筒を取り出して中身を確認する、そっくりそのまま100万返した所であいつから貰ったものを返せるとは思えなかった 「アカぁ、、大好きだよ、愛してる」 黒い毛むくじゃらを強く抱き締めて小さな鼓動を感じる 「大丈夫、お前は皆に愛されてるから」 おやつを食べる4キロの臓物が愛おしい、心残りといえば本当にこの子だけだ、おやつの大盤振る舞いに豪華な餌を入れてやり玄関に向かう 「ニャーン」 何だか切なげに足元にすり寄るお見送りにもう一度抱き上げその温もりを感じた 「行ってくるね」 手元の紙袋がカチャカチャと揺れる、マフラーを巻いて壊れた一眼レフを提げて電車に乗ると流れる景色が何だか清々しい、季節外れの装いに周りは変な顔をするけれどそんな事どうでもよかった 「ただいまー」 少し汗ばみながら街中を通り抜けこんなにすぐ来る事になるとは思わなかった部屋に足を踏み入れる (、、、ココアでも飲んでいこうかな) カチャンッと紙袋から2種類のマグカップを取り出して青い方を大事に棚へ仕舞う (これ賞味期限とか大丈夫なのかな) 市販のココアの素を袋からスプーンでコップに移しながらふとそんな事を考えてでも今更体調不良なんて気にしても意味が無いのでケトルに水を入れて沸かす (ほんとは牛乳がいいけど、この家冷蔵庫空だもんな〜) 湯気がフワフワと立ち上るカップをスプーンでくるくると掻き混ぜながらテーブルに付く (はぁ、楽しかったな) 俺はもう待つ事に耐えられそうにないけれど、 桜と引き剥がされた俺の心にはずっと悪魔が取り憑いていてこれ以上醜く穢れてしまうくらいならば一生涯の永遠賭けて君に全てを捧げたかった (不味っ、、目が覚めたら面倒臭い奴って思われるかな) お湯で作ったココアは不味い、机に置いた白い封筒は後腐れがないように、なのに厄介者でも少しでも思い出してくれたらいいな、なんて矛盾している (俺ってほんとに我儘だし堪え性がない) シンクにマグカップを置いてスプーンと共に軽く洗って水切りカゴに伏せて置く 「行ってきます」 一通り思いを馳せて忘れていたとばかりに家と同じ場所に置かれた香水を一振して家を出た (ギリギリだったなぁ) 終電ギリギリで最寄りに降り立ち、昼間にもしたようにトボトボと近所を徘徊する (今日はやけに単車がうるせぇな) 遠くから聞こえるエンジン音に走りやすい季節だしヤンキーも活発になってるんだろうと決めつけて3年間通った通学路を歩く (まじでこの窓便利) 最近お別れしたばかりの校舎に舞い戻りコツがあれば開いてしまう窓ガラスをスライドさせると壁を乗り越えて久しい空間に降り立った (こんな匂いだっけ) 数ヶ月も経っていないのに懐かしく感じる匂いにビックリしながら階段を登っていく (藍とふざけて夜中に侵入したりしてたなぁ) あの頃は色んな物にビクビクとしていたのに堂々と音楽室を通過し屋上に続く窓を内から鍵を開ける (何にも怖くない事が逆に怖い) 今ならば地球上のどんな事も恐ろしくないと思えた 「風すっげ、、、」 柵を乗り越え暗闇に紛れた校庭を見下ろす ここから落ちたら何処に着地するのだろう 「桜、、俺は姫じゃないから、何かを与えてくれる王子様なんかいらなかったよ」 独りが1人に大きく意味を変えてどんどん膨らむ思いはいつしか自分を潰すように死ねない理由から死にたい理由に姿を変えた 「全部滅茶苦茶になって、初めて会った時からきっと悪魔のお前に全てを奪われちゃったんだな」 あの狭い狭いダンボール箱に暖かい手が伸ばされて俺の体に触れたんだ 「、、、もう戻れないよ」 俺はもう独りじゃまともに息の仕方も分からない、ぬるい風が俺を嘲笑うかのように周りを取り巻いて青い匂いを連れてくる (じゃあね、桜) 目尻から頬を濡らす感覚を理解する前に柵から手を離しスローモーションのように身体が宙に浮いた

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