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第48話
世界にお別れのキスをして俺の体は宙に浮いた
次にくる衝撃に備えてギュッと目を瞑り息をするのも忘れて重力に従うはずだったのに
「え、、、」
思っていた風の抵抗も来るべき衝撃も待てども待てどもやって来ない
「ほんとに目が離せない困ったちゃんだね」
フワッと何かに乗せられたように身体は柵の内側に引き戻されコンクリートの上に着地する
「ごめんね」
遂に錯乱した脳味噌が馬鹿になって幻覚まで見始めたのかと思った
「さくら、、?」
変わらぬ姿で目の前に立っている姿に手を伸ばす
「ッ、、、」
指先は触れる事なく透けた身体を貫通して宙を切った
「まぁた俺のエゴなんだけど、、俺が目ぇ覚ましたら大切な宝物が消えてるなんて耐えられそうにないから」
10ヶ月ぶりに聞いた俺の大好きな少し高めのハスキーボイスが困ったようにそう告げる
「夢、、、?」
「夢みたいだよね」
透明な身体で視線を合わせて俺の身体を抱き締める、温度も鼓動も匂いも何も無いのにそれでも只々切望していた願いに堰を切った涙が溢れ出す
「桜っ、桜」
「ここに居るよ、ずっと傍に居たよ」
嬉しくて切なくてわんわん声を上げて泣く俺の頭をきっとその手で撫でてくれている
「何も出来なくてごめんね」
「うん」
「ずっと1人にしてごめん」
「うん」
もしかしたらこれは俺の都合のいい夢か何かで頭の中の妄想かもしれない、それでも触れられなくても結ばれなくても、もう一度逢えただけで報われた気がした、夢が覚めて実は俺が屋上から転落して命を落としていてもそれで良かった
「まほろっ!!!」
机や椅子を倒す様な喧騒の中激しく屋上につづく窓が開け放たれ馴染みのある怒声が響く
「はぁ、はぁ、、良かった、ここに居た」
「藍、、」
屋上に蹲る俺に駆け寄って来た藍には桜が見えていないのか押し倒す勢いで強く抱き締めた
「馬鹿っ!!心配しただろ!」
初めて聞く涙ぐんだ震え声、耳元でズルズルと鼻を啜る音が響く
「俺生きてるんだ、、」
死んであの世で最後のお情けとばかりに幸せな夢を見させて貰ってるわけではないと抱き締める力強さに感じる
「何言ってんだよ、ほら、こんなとこに居ないで帰るぞ」
「いや"っ!!」
掴んだ手がピンと張ってお互いを中央に引き戻す
「はぁ?何で、、」
「だって桜が!桜が、、、」
頑なに動こうとしない俺に藍が訝しげな顔をして俺は目の前にいる桜にしがみつくように手を伸ばした
「ちょっ、何してんだよ、桜は病院だろ!」
「違うよ!だってここに、、」
嫌々と首を振って桜を見上げるととても困った顔で笑って俺の頭を撫でる
『まほろ、藍困っちゃうから帰りな、後でお家で会お?』
「ほんとに?」
『ほんと〜』
何もいない宙に向かって話し掛ける俺は藍から見たら完全な精神異常者だろう、そんな事お構い無しに掴めない手を握って立ち上がる
『じゃあ下まで一緒に行ってあげる〜』
「ほら、ほんとに行くぞ」
両側で繋いだ手を離さないように1階まで降りてきた
「早く乗れよ」
藍が急かすようにバイクの後ろを叩く
「ほんとに家来る?」
『すぐ行く、飛んでく』
可笑しそうに俺を見て笑って言うので何が可笑しいのかと首を傾げる
「来なかったら何回でもここで死っ」
『黙って』
先程の再現を何度でもしてやろうと口に出すと手が飛んできて口を覆った、俯いた表情は暗く低い声は微かに足元の草や枝をザワザワと動かした気がした
「お前さっきからほんとに1人でブツブツ言って大丈夫か?」
『ほら、行きな』
心配そうに確認してくる藍の元に早く行きなと背中を押され俺は後ろ髪引かれる思いで渋々バイクに跨った
「まほろ何飲む〜」
「三ツ矢」
「いや、酒の話してんだけど」
途中コンビニに寄って何故か俺の酒を選んでいるらしい藍がリクエストを即却下する
「まぁ、こんなもんでいいか」
「そんな買ってどうすんの」
カゴ一杯に詰め込まれた酒やつまみに最近行われた卒業合格祝いを思い出し嫌な顔をした俺を見て目の前でケラケラと笑い出す
「まほろが寝るまで呑み明かす」
得意げなしたり顔をしてレジに向かった後ろ姿にきっと気を使ってくれてるんだろうなと少し反省する
「到着ー!アイス冷凍庫入れとこー」
「てかアイスならこの前の残りまだ沢山あるんだけど」
皆が集まる度それぞれの好みのアイスが増えていく家の冷凍庫に藍はいいのいいのと言いながら新しく買ってきた物を詰め込んだ
「ニャーン」
「アカぁ、この冷徹なご主人様の顔でも引っ掻いてやれー」
誰が冷徹だ、と思うがここを出る前にアカを引き取ってくれないかと連絡してしまったのを思い出し目の前で戯れる2人を見守る
(ご飯食べてない、、、)
大好きなご飯も丸々お皿に残ったままで申し訳なかった
「なーまほろー、なんか寝巻き貸してくんね」
「へいへい」
泊まってく気満々だなこいつと思いながら確かにその格好じゃ寛ぎ難いはずなので服を取りに自室へ向かう
「ッ、、桜」
「おかえりぃ〜」
いつもの調子でベッドに腰かけてニッコリ笑う桜が手を挙げた
「あ、すーぐ泣く〜」
「だって、、」
本当に来てくれたんだと感極まって収まっていた涙がまたじわじわと溢れ出してくる
「泣いても良いんだけどさ今の俺じゃまほろに触れないから困る〜」
困ると言いながらも楽しそうに一生懸命俺の頬を拭う手は忙しない
「藍来てるんでしょ〜?俺居たら気ぃ散るだろうしここで待ってるね〜」
額に落ちた口付けがチュッと小さな音を立てて離れていく
「やだ、俺ここにいる」
「だぁめ、大丈夫ずっと待ってるから」
そう言って指先をちょいちょいっと動かすと引き出しから服が飛んできて手元に着地した
「え、何これ凄い」
「いやぁ、なんかよく分かんないけど出来るようになったんだよね〜」
不思議〜と他人事のように言っているがそれどころでは無い
「てかこれ桜のじゃん、だめ」
俺は握っていた服を戻そうと引き出しに歩いていくと手元から服が舞い上がった
「俺の貸して」
「なんで」
「俺が嫌だから」
真剣な顔でそう言われてしまうと反論が出来なくなるので大人しく戻ってきた服に顔を埋める
「可愛い事してないで行った行ったぁ〜藍も心配してるんだよ」
ムスッと顔を上げて何度も部屋を振り返りながら俺は自室を後にした
「おーサンキュッ」
バサッと投げつけるように渡した服を上手にキャッチしてその場で着替え出す
「そんじゃ、乾杯しますかー」
ぶつかった缶の軽い音にプルタブから抜け出る炭酸、鼻を通るアルコールの匂いが俺の心をソワソワと波立たせた
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