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第50話

ハッとしてベッドから飛び起きる、こんなにも勢いの良い寝起きは何年振りだろう (俺、どうやって、、、) 確か泣き疲れて眠気に勝てずに床で意識を手放した所までは覚えている 「桜っ!桜、、、」 「はいはい、ここに居ますよぉ〜見えてるぅ?」 目の前を透明な何かが上下して去っていく、それを追うように視線をずらすとベッドの縁でヒラヒラと手を振る桜がいた 「さくらぁ、、、」 「もー、そんな呼ばなくても聞こえてるよ」 項垂れるように布団に預けた頭が必然的に距離を縮める (透けて後ろの景色も見えてるのに、、、) 存在を確かめるようにジーッと観察しても答えは分からない 「クラゲみたい、、、」 「人の顔凝視した結果それぇ〜?」 触れない透明なベールが形を成してそこにいる、1晩経つとその超常現象は実感となって襲ってくる 「今何時?」 「昼過ぎかなぁ」 自分の家だとどうしても質の悪い睡眠が習慣化されていたのに暗いうちに眠り昼に目を覚ますなんていつぶりだろう 「そういえば藍まだ寝てんのかな」 「さっきまほろが寝てるの確認して出てったよ〜バイクの音したし」 酒を飲んだ次の日特有の水分不足を感じながら窓辺に置いた煙草に火をつける 「そっか、RINE来てるかな」 ヒビ割れたスマホ画面を見ると昨夜の事を思い出す、藍からは明日朝迎えに行くな、と短いメッセージが入っていた 「ねぇ〜何で煙草変えたの」 「何でって」 乾いた喉がヒリヒリと痛んでニヤニヤしながら分かった事を聞く顔に吸い込んだ煙を噎せそうになった 「分かってて聞いてるだろお前、、、」 「フフッ、でもさぁまほろは赤丸吸いなよ」 嫌そうに目を細める俺の顔を楽しそうに見つめる瞳は蜂蜜みたいに甘ったるい目をしている 「、、、何で」 「それこそ分かってるでしょぉ〜」 「単純」 「銘柄変えてるやつに言われたかねぇ〜」 ゲラゲラと声を上げて笑いだしそれに釣られて吹き出すような笑いが部屋に満ちる、次にコンビニへ行ったら俺は迷わず赤いパッケージを手に取るだろう 「アカに餌あげないと」 ベッドから抜け出してリビングに行くといつもの定位置で日向ぼっこをする黒猫 「アカぁおはよ〜」 身体を優しく撫でると閉じていた目蓋を開けてオレンジ色のビー玉を見せる 「アカおっきくなったねぇ」 「そうだね」 ずっとこうして話したかった事が溶けていく感覚をしみじみと噛み締めて大切に返事をする 「今日は何するの〜?」 「んー、バイト行くからそれまで暇かな」 「明日入学式でしょぉ?バイト行くの辞めたらぁ?」 ていうか仕事しすぎじゃなぁい、なんて眉間に皺を寄せて言うけれど、来ないはずだった今日のスケジュールはそれと同じで明後日の予定など考えてもいなかった 「まだ忙しい方が気が紛れるでしょ」 「はぁ、心配事が尽きないよねぇ」 桜は俺を心配だとか目が離せないなんてよく口にするが俺からすればそっくりそのままお返ししたい言葉だ 「バイトまでどうしよっかなぁ、散歩でも、、、」 暇があればカメラを持って外に出るなんて見た目からしたら健康優良児ならぬ不健康優良児だろう 「やっぱ辞めた」 昨日の一件で壊れてしまったカメラを思い出して発言を撤回するそんな俺の頭を桜は何も言わずに撫でてくれた 「じゃ〜俺がご飯作ってあげる〜何がいい?」 「作れんの?」 大分前に似たような事を思ったがそれとはまた意味が異なる質問 「やってみなくちゃわかんないでしょ〜、で?何が食べたいの言ってごらん」 「、、、野菜炒め」 「フフッ、カルシウムよりね」 忘れられない思い出の味なんて言葉があるけれど、あの1品は物理的にも忘れる事が出来ないインパクトのある味だ (桜と一緒に飯作ったの初めてかも) 包丁が浮いて食材を切るというのは見ていて冷や冷やする物で代わりに俺が食材を切ると桜がフライパンやら調味料をふよふよと浮かせて上手いこと炒めている 「まほろはさ〜もっとちゃんと飯食いなよねぇ」 「食べてるよ一応」 「どの口が言ってるんですかねぇ〜」 ずっとそばに居たならそれもそのはずでハチャメチャな食生活に文句を言われながらフライパンの中身を大皿に移した 「当たり前のように2人前作っちゃったけど、、、」 「俺は食えないからなぁ〜」 よく考えれば分かる事が浮かれていたのかすっかり頭から抜け落ちていて到底1人では食べ切れる気がしない量の野菜炒めが完成した 「うまい」 「そ?良かったねぇ」 「それ楽しい?」 「ん〜、餌付けしてるみたいで楽しいよ?」 相変わらず馬鹿みたいに味の濃い野菜炒めを口に運んで咀嚼する 「見られてると食べずらいんだけど」 「別にいつもと変わんないじゃん〜」 そうと言えばそうなのだがこうも一方的に集中されていると気になってくるもので、俺はこの時ばかりは目の前の存在を無きものとして山になった野菜炒めに集中した 「あっ」 「無理して全部食わなくてもラップして冷蔵庫入れとけばいいでしょ〜」 3分の1を超えた辺りで大皿が宙に浮いて桜が立ち上がると強制的に台所に持って行ってしまう 「まだ食えるのに」 「はいはい、そぉゆードM根性はベッドの中だけにしてくださぁい」 「誰がドMじゃ」 この頃特にこれといって問題はないのに時々お茶だけでも吐いたりすることが増えていた 「ほら、今日はゴロゴロしよぉ」 「ゴロゴロって言っても、、」 お腹も満たされた俺はのんびりしていたら寝てしまいそうだが幽霊?みたいなこいつには関係の無い事だ 「たまには昼寝もいいじゃん〜、アカを見習いなよ」 おいでというようにソファを叩く桜の元へ行き腰掛けると何処からともなく飛んできた小説がペラペラと音を立てて捲れていく 「ニャーン」 鳴き声を上げて俺の膝に着地したアカが丸まって寝る体勢をとる (皆で昼寝とはね、、、) 懐かしい感覚に思わず口角が上がってぽかぽかと暖かい安心する温もりを感じながら本を捲る音だけが響く静かな室内に大人しく目蓋を閉じる事にした

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