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第51話

「なんで起こさないんだよ!」 「バックれてもいいかなぁって〜」 「いいわけないだろ!」 あれだけ寝たというの深い眠りに落ちてしまい気付いた時には誰かに時間を操作されたのではないかと勘違いしそうになる 「そんな急がなくても間に合うでしょ〜」 「だって行きにコンビニも寄りたいし」 ササッとシャワーを浴びて髪の毛を軽くセットする、クローゼットからは春物の服を取り出して袖を通した 「いいねぇ、そのジージャン」 「いいねも何もこれお前のだけど」 「知ってるぅ〜」 最近余所行きの格好は自分の服を選ぶ事が減ってまるでレンタルのように桜の家から春服を借りて冬服を返却していた 「フハッ、、もはや俺じゃん」 「俺だし」 「1つ教えてあげようかぁ」 他人の服を丸1式着た所で桜になれる訳もなく俺は俺のままだった、重大機密でも手に入れているような得意気な表情で何を教えてくれると言うのだろう 「多分蒼士さんは気づいてるぜぇ〜」 「ッ、、、着替えようかな、、」 「まぁいーじゃんいーじゃん、遅刻するよぉ」 遅刻しかけてるのは誰のせいだと言いたい所だが半分は自分のせいでもあるので黙って玄関に向かう 「行ってきます」 「行ってらっしゃ〜い」 「ニャーンッ」 連動するような華麗な3コンボが決まり首筋に香水をワンプッシュすると家を出た 「ありがとね〜」 最後のお客さんをエレベーター前まで見送って階数が現象するのを見届けると俺達は店内に帰る 「まほろくん〜何か良い事でもあった?」 「へ?どうしてですか?」 閉店作業に取り掛かり蒼士さんはレジを締めながらそんな事を聞いてきた 「いや、何か今日は調子良さそうだからさ」 「、、、沢山寝たからですかね」 「確かに隈が薄くなってる気がする〜」 目の前で嬉しそうに目を細める顔にこの人にも沢山心配を掛けていたんだなと実感する 「後はやっとくから下に送り呼んだから上がっていいよ」 「え、そんなやってきますよ?」 「明日入学式なんでしょ?ほら、学生は早く帰った帰ったぁ〜」 沢山寝たのも事実だが色んな意味で調子の良い俺は最後まで後片付けをして行く気だったが追い出すように手を払われて渋々荷物を持つ 「そうですか?じゃあお先に、お疲れ様です」 「うん、お疲れ〜」 『まほろ、ちょっと帰り俺の家寄ってくれない?』 お言葉に甘えて帰ろうと出口に向かう時ずっと黙っていた桜が声を掛けてきた 「あ、蒼士さん俺ちょっとあいつん家寄って帰ります」 「、、あぁ、分かったよ〜気にせず行きな〜」 送迎を呼んで貰ったのに大丈夫かと心配気に顔を見ると何処に帰るのか察したのか気にした様子もなく笑ってくれた 「それじゃ、また明日」 「は〜い、気をつけてね〜」 鈴の音を立てて扉を開けると別のお店のカラオケの音や喧騒が耳に届く 「何で家?」 「ちょっと見せたいものがあってさぁ」 エレベーターは密室なので俺が一人言を言っていたところで関係ないだろうと俺にだけ見える存在に話しかける (見せたいものってなんだよ) 外に出るとネオンの輝きがまだ街中を煌めかせて淡い風が頬を撫ぜた (ほんとに見えないんだな) 行き交う人は桜の事なんて見えてないと俺だけを避けて歩いていく、そんな光景を傍目にポケットから赤い箱を取り出して1本火を付けた 「ただいま〜」 「おかえり」 この部屋に立ち入ってからそういえば昨日も来たんだよな、と思い返して昨日は返って来なかった挨拶が今は横から聞こえる不思議に苦笑いを浮かべた (こうやってずっと返事してくれてたのかな) 「てか今からじゃ帰れないから泊まってきなよ〜、藍に連絡して明日迎えに来てもらお」 それもそうだなと思いスマホを取り出して画面を操作する 「ほら、座って」 促されるままラグの上に腰かけるといつの間に用意したのか桜が目の前に湯気を立てる紅茶を置いた 「まじこの家何にもないよねぇ〜」 「美味い、、、」 「紅茶って賞味期限長いらしいよぉ〜」 他人が淹れてくれるから美味しいのかそれとも桜だからかそれは分からないけれど猫舌の俺はちびちびと湯気が立たなくなるまで赤いカップを啜る事となる 「で、見せたいものって?」 「まぁまぁ、先お風呂入ってきたらぁ〜?」 一向にここに来た理由を明かさない桜に痺れを切らして問い掛けるも焦らすように先延ばしにされて俺はムスッとしながらドタドタと浴室に駆け込んだ (あ、用意してくれたんだ) 煙草や香水、アルコールの臭いがさっぱり落ちて気分も上を向くと脱衣場に用意された寝間着にまたフルチンで散策する事にならなくて良かったと安堵する 「まほろ〜おいで」 宙に浮いてるだけなのだがドライヤー片手に足の間をポンポンと叩く桜に飛び付くよう座り込む俺はさながら犬のようだ 「まほ〜まだ寝ないで〜」 「ん〜寝てない」 温風の暖かさにうとうととしていると耳元でなっていた轟音が止んで優しい声が俺を起こす 「まほろに見せたかった物っていうのはね、、、これ」 徐に振り返ってちょいちょいっと押し入れを開けると上段から1つの紙袋が飛んできた 「はい、あげる」 「え、、?」 「開けてみて」 茶色い紙袋が手から手に伝わり、突然あげると言われてもその大きさとずっしりした重さに戸惑ってしまう 「何これ、、ッ」 「気付いた?流石ぁ」 中から取り出した掌2つ分位の灰色をした長方形の箱には白い文字でNikonと書かれている 「くれるって、、、」 「フフッ、中身確認しなくていいの?」 箱を抱えてフリーズした俺を胡座をかいて頬杖を付いた桜が面白そうに囃し立てる 「、、赤い」 「俺らと言えばその色かなぁと思ったんだけど、気に入らないなら張り替えも出来るみたいだよ〜」 「いい!このままがいい」 慎重に開けた蓋は厳重に包装されているお陰でまだ姿を見せず固定された仕切りから持ち上げて身ぐるみを脱がせると赤いボディの馴染みのある造形が飛び出してきた 「レンズまで入ってるし、、高かったろ」 「大した事ないよ」 「ありがと、、ほんとに」 手の中にある新しいフィルムカメラ、俺達の思い出はあのアルバムの中にだけ存在していて、母さんのNikonD5600が壊れた時もう増えない写真に全てを思い知らされた気がしていた 「遅くなったけど15歳おめでとう」 「何ヶ月遅れだと思ってんだよ」 嗚咽混じりの声にクスクスと笑う声が降ってくる、あと数ヶ月で16歳だというのに俺達の時間はあの時で止まっていた 「いやぁ、だってあんなタイミングで事故ると思わないじゃぁ〜ん」 「ばか、、にしてもなんでフィルム?」 「んー、デジタルは持ってたし〜たまには現像するまで分からないワクワクもいいかなって」 現代でフィルムは高くて手間のかかる代物だと思う、それでも愛されるわけはやっぱり人それぞれ大切に切り取りたい一瞬があるからだろう (俺もこいつとなら先に進めるのかな、、、) 機械的に増やすんじゃなく1枚1枚どうなるか分からなくても大切に刻んでいく 「一眼の方も修理出そうね」 「直るかなあれ」 「直らなかったら同じの買ってあげるよ」 「お前財産しすぎじゃね?」 ここまで財布の紐が緩いと怪しい壺なんか売られても買わないだろうかと心配になってくる 「一緒にさ色んな所行って写真撮ろ〜よ」 「じゃあ早く目覚ませよな」 「うん、だからそれまでもう少し待っててくれる?」 「このカメラが壊れる前によろしく」 俺が桜の口から聞かなくても分かったように桜にも俺がどんなに大切に思っているか伝わったらいいな、とカメラの頭をそっと撫でた

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