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第55話
桜はとうに散ってせっかく芽生えた若葉も梅雨の洗礼を一身に受けている、空と同じようにどんよりした気持ちは夏を待つ新緑で覆われた木々のように心も一瞬の晴れ間を求めていた
(もう丸1年も経つのか、、、)
桜が眠りについて約1年、俺の高校生活も2ヶ月目に入りいよいよ本当にあの頃に追いついてしまう
「まほろー、次の授業行こうぜー」
(、、、俺って欲張りなのかなぁ)
『まほろ、まほろ、高田が呼んでるよ』
上の空で物思いに耽っていると耳元で大きな声を出されて肩が跳ねる
「おーい、だいじょぶかー?」
「うん、行こ」
こういうさり気無いフォローに周りの目を気にしながら口パクでお礼を伝えるのが俺達の日常になりつつあった
「そろそろ外で体育したいよな」
「そうだね、てか今日って何すんの」
「バスケって誰かが言ってたかなー」
階段を怠そうに降りながら曖昧な会話をする
予鈴と共に体育館に滑り込んで駆け足で列に加わると生徒の号令によって授業が開始する
(高校も中学と大して変わんねぇな)
背を木目の壁に預けてダンダンッと床に叩きつけられるボールを胡座をかいて観察していた
(あ、高田シュート決めた)
ポスッとネットを揺らしてボールがリングを潜り抜けると周りから一際大きな歓声が上がって試合をしていたクラスメイトは肩を組んで喜びを分かち合っている
「ねぇねぇ渕咲くんって兄弟いるの?」
隣に座っていた生徒がいつの間にか近くまで距離を縮めてなんて事ないように肩にポンと手を乗せて話し掛けてきた、俺は大袈裟に揺れた身体を誤魔化すように笑みを浮かべる
「いや、いないけど?どうして?」
「だってそれ、、、」
言わなくても分かるでしょというように指先は俺自身に向いている
「あぁ、これは友達のっていうか、、使わないから借りてるっていうか」
「そうだったんだね〜、僕一昨年の卒業生に兄貴がいてさ、もしかしたら同級生なのかなぁ〜って思ってたんだよ」
ペラペラと楽しそうに兄について語る生徒に上の空で相槌を打つ、目線の下に見える赤色のハーフパンツは周りとは浮いて見える
(結局桜の私物パクっちゃってるんだよなぁ)
家に行く頻度が格段に跳ね上がり今では殆どわざとのような状況になっても桜はヘラヘラと笑ったまま、こうして俺1人別の物を纏ってる事を許容していた
(流石にアカもいるし抑えてるんだけどな〜)
腰ゴムの左下、Tシャツに隠れている赤の文字教師はたまに俺を呼び出して注意するけど皆と同じ青色を履けば俺は渕咲なのだろうか
『まほろっ!』
「あっ!危なっ」
珍しく桜の慌てた声に顔を上げると目の前で嬉々として話していた少年が俺に手を伸ばすのがスローモーションに見えて顔に暗く影が落ちると一瞬にして視界が暗転した
「いっ、、」
「渕咲くん大丈夫!?」
ゴンッと強打した後頭部に瞼の裏が白黒とチカチカする
「だいじょ、、」
「まほろ生きてっかぁ」
心配そうに顔を覗き込んだ少年に一応口角を上げて手の平で後頭部を押さえようとすると未だに上で伸びている生徒の存在が邪魔だった
「高田、たすけて」
「へいへい」
う"ぅーなんて声を上げて高田に身体を引っ張り上げられているが呻きたいのはこちらである
高校生といえば人によって既におじさんのように逞しくてむさい奴というのがいる訳で俺は沸き起こった嫌悪感を手の平で覆った
「ぅ"、、、ちょ、トイレ」
「おいおい、まじで大丈夫かぁ?先生に言っといてやるから保健室で休んでろよ、お前すげぇ顔色悪ぃぞ」
高田が気を使って一緒に行く事を提案してくれたが今にも胃がひっくり返りそうなのでお断りさせて頂いた
「ぅ"え、、、」
『大丈夫?まほろ』
優しい声が耳元で尋ねる、吐きそうだから外で待っててと言ってもこの男はいつもこうして中まで入ってきてさ擦れない背中を落ち着くまで撫でてくれる
「はぁ、、はぁ、、大丈夫」
壁に手を付きながら立ち上がると急な目眩に襲われ目の前がブラックアウトする、方向感覚を失った浮遊感は時期に鎮まりヨタヨタと水道に向かって歩いた
『まほろ最近目眩とか酷いねぇ』
「気圧だと思うけど、、季節の変わり目だし」
貧弱な俺は自律神経の乱れからか季節の変わり目に体調を崩す事が今までも何度かあった、今回もそれだろうと決め付けてトイレを出る
『保健室こっちだけどぉ』
「いや、体育館戻るよ」
『駄目に決まってるでしょ、ほら行くよ』
「それ辞めろっ、見られたらどうすんだよ」
『授業中だから誰もいないよ』
身体が宙に浮いて強制的に運ばれる感覚にも大分慣れてきた
「しつれーします」
「あら、どうしたの」
「ちょっと体調悪くて」
「貴方凄い顔色真っ青よ〜」
保健室のおばさんがあらあらと言うようにベッドに誘導して俺に布団を掛ける
「クラスと名前だけ教えてくれるかしら」
「1-2の渕咲眞秀です」
「分かったわ、体温は測る?」
「いや、寝てたら治ると思うんです」
そう言うと理解したように頷いて周りのカーテンを閉めて周りと隔絶してくれた
「私はちょっと報告に行くから何かあったら職員室の先生に言うのよー」
先生が扉の音を立てて出て行くのを確認すると俺は肩の力を抜いてふぅーっと息を吐く
『まほろ、あんまり無理してると身体が持たないよ』
「無理なんてしてないよ」
目を閉じればそこに生身の人間が居るみたいだ
(皆には見えなくて俺にだけ見える、、、俺だけの、、)
本当の独り占め、とっても幸せなのにどうして涙が出てくるんだろう
「桜、、好きだよ」
好きだ、好き、炭酸が抜けても変わらず口に広がる甘ったるさが増して喉が焼けそうに痛い
「分かってるよ、ありがとう」
1度だけ降ってきたキスが離れていく
〖癖〗 くせ・ヘキ
1.かたまった習性、かたよった好み
許容する事しか出来ない、惚れた弱みとはこういう事なのかな、、、
「馬鹿、悪魔、幽霊っ」
「愛を伝えた側から突然の悪口ぃ、なんなら1個本物混ざってるし〜」
ケタケタ可笑しそうな笑い声が聞こえてきて悩んでるのが馬鹿みたいに感じてムッとした
「ちゅーして、早く」
「はいはい、これで満足?」
「違う!口にして」
言われるがままに額に落ちたキスに腹を立ててクレームを付けるとフワッと唇が触れ合う
「あ"ー、こんな事ばっかしてたら俺成仏しちゃいそぉ〜〜」
「まじシャレにならないから、それ」
とんでもない事を言い出した桜に向けて足を蹴りあげる
「当たんないんだなぁ〜」
「うざぁ」
「元気出てきた?」
ニヤニヤと笑う目の前の顔にお陰様で少しだけ落ち着いた心を大切な場所に保管するようにそっと押し込んで保険医の先生が帰ってくる前に眠りについた
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