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第56話

「いらっしゃいませ〜」 カウンターでお酒を作ってると鈴の音と共にボックスにいた蒼士さんが入口に向かって声を上げる 「でさ〜そいつがなんて言ったと思う?」 楽しそうに談笑するサラリーマンに相槌を打ちながら遠くから誰々さん久しぶり〜なんて声で今日もお店は盛り上がっていた 「まほろくーんアイス持ってきてくれる〜?」 「はーい」 カウンターを飛び出てペールを受け取ると製氷機から氷をザラザラと注ぐ 「まほろさんー何か携帯鳴ってるっすよ」 「え、まじ」 最近入ってきたチャラめの大学生がカウンターに置いたままのスマホを指差して教えてくれる 「蒼士さーんこれ」 「ありがとね〜」 優先度的に仕事を先にしてカウンターに戻った頃には電話は切れていた (誰からだったんだろ、、、まぁ大事な事なら折り返し来るでしょ) 呑気にそんな事を思って話途中のお客さんの間に戻る 「それでどうなったのー?」 「あぁ、電話よかったの?」 「切れちゃったし大丈夫だよー」 気を使って心配してくれるお兄さん達はとても良い人でやっぱりこのお店の雰囲気に釣られて集まってきているのだろうか 「俺ら2人で話してるし掛けてきなよ〜」 「そーそ、別のお客さんかもしれないでしょ?」 「でも、ほんとに大丈夫だよ」 お酒も入ってほろ酔い気分なのかご機嫌に折り返しをさせようとゴリ押ししてくる2人に苦笑いを浮かべる 「酒無くなったら俺作るんで電話してきてもだいじょぶっすよ〜」 それを後押しするように気前よく青年が業務を代わると宣言してくれて申し訳なくなった 「じゃ、ちょっとだけカウンターお願いできるかな」 「はーい!」 流石にここまで言われて頑なに電話をしないのもおかしな話なので俺は元気に請け負ってくれた大学生に任せて店を出る (はぁ、、誰だろ) さっさと掛けてもし出なければ営業終わりに要件を聞こうとスマホの電源を入れた (レイラさん、、?) 俺が何曜の何時から何時までバイトをしているかをきっちり把握してる彼女が営業時間に電話を掛けてくる事なんて今まで1度もなくて少しビックリする (どうしたんだろ) 何かあったのか、それとも何も関係なく掛けたのか、それにしても不在着信の後にメッセージの一言も無いなんて不思議だと、ここで頭を回転させていても埒が明かないので画面をタップしてスマホを耳に当てた 「、、、レイラさん?」 電子音が途切れて繋がった通話口は何だかザワザワと服が擦れるような音で始まった 『はぁ、、はぁ、、』 「、、、聞こえる?どうかした?」 いつまで経っても聞こえない返事に不安になる ガサゴソと鳴っていた音が止み今度は荒い呼吸のようなものが聞こえだす 「レイっ、、、」 「まほちゃん、、まほちゃん、、」 もう一度名前を呼ぼうとした時か細い震え声で何度も俺の名前を呼ぶ透き通った声 「レイラさん?何かあった?」 異常を察知した俺が語気を強めて問い掛けるのでその様子を静かに見守っていた桜の顔も険しくなっていく 「大丈夫?」 最大限の情報を取り込もうと耳を澄ませる、外にいるのかこの喧騒は雨の音だと理解した 「ちょっと外にいるの?」 「まほちゃん、、ごめんね」 潜めるような声が大きく揺れて鼻を啜る音に泣いているのではないかと確信する 「レイラさん、落ち着いて俺は大丈夫だから」 「ごめっ、、ごめん、私っ、、」 「今どこに居るか言える?」 大分取り乱しているのか今度は謝罪を繰り返し始めたレイラさんに昔の俺を思い出す (桜もこんな気持ちだったのかな、、) 「青葉、、通りでっ、、ヒュッ、、」 短かった呼吸が喋るにつれ引き攣るような音にはよく聞き覚えがあって焦りが募る 「レイラさんゆっくり、ゆっくり呼吸して」 「私っ怖くて、、トイレに、、」 「分かったよ、すぐ行くから少しだけ待っててくれる?」 こちらの焦りが相手に伝わらないように務めて落ち着いた態度で接する、何があったかは分からないそれでもいつも気丈に振る舞う彼女がここまで怯えて雨に打たれてると思うといても立ってもいられなかった 「うん」 今にも消えてしまいそうな返事に俺は通話を繋げたまま店に飛び込んだ 「うぉっ、びっくりしたぁ、そんなに慌ててどうしたの〜」 「蒼士さん俺早上がりさせてください!」 乱暴に扉を破って入ってきたかと思えば突然早く上がらせろなんて横暴に蒼士さんはえ、え?と戸惑いの表情を浮かべている 「いいけど、どうしたのそんな怖い顔して」 「ありがとうございます!代わりに休みの日も出るんで、後エルに全員で青葉周辺走ってくれって伝言頼んでいいですか」 一方的に息継ぎも無しの早口で押し付けて返事も聞かない言い逃げ状態にポカンとしてる蒼士さんを置いて俺はもう一度店から飛び出す 「はぁ、、はぁ、、」 スマホ1つ持って土砂降りの中を突き進む、アスファルトを踏みしめる度上がる水飛沫もこれだけの雨量じゃ気づけない程で、きっと店で今頃疑問に思いながらも察しも頭も良いあの人はエルに連絡してくれているという自信があった 「レイラさん!、、レイラさんっ」 雨の音が聞こえて大通り近くのトイレに逃げ込んだとなるとやっぱり公園なんかが目星いと出口の無い広々とした敷地をグルっと半周して入口までやってきた時 『「いやっ、、やめてっ離して」』 女性の甲高い悲鳴が耳の側と少し離れた場所から伝わってきた 「レイラさんっ!」 俺は考えるよりも先に身体が動いて雨に濡れて小さくなった身体を引き摺るように重なる男の間に割り入る 「何やってんだよ」 「あ"ぁ?てめぇ、、」 「まほちゃん、、、」 白くて細い手首を握り締める肉厚な手に手を掛けてレイラさんを隠すように立つと目の前の巨漢を見上げた 「お前、、、」 「ハッ、、、ガキがナイト気取りかよ」 少ない公園の街灯でも薄らと浮き上がる顔の造形にいつかの駅で刃物を持った薬中のイカレ野郎と決め付けた人物がそこに立っていた 「玲奈ぁ、今戻ってくるなら許してやる」 「駄目だよレイラさんっ」 俺の背中に縋り付くように震えていた身体がその言葉にビクッと震える、俺はそいつから距離をとるように徐々に後ろに後退りした 「あぁ、そうかよ、、お前も所詮そんな女だよな」 彼女が返事をしないと分かると怒りに満ちた顔がどんどん曇って行く 「やっぱりそいつか?、、そいつがいるから、、」 「辞めてっ!!!まほちゃんのせいじゃないの、全部私のせい、、」 ゆらゆらと不安定に揺れていた巨体が1歩2歩と前に出てスピードを上げると拳を持ち上げたのが目に入り後ろ手でギュッと細い体を抱くと瞼を強く閉じた 「そうだよなぁ"っ」 「きゃっ、、」 待ち構えていた衝撃は耳元の叫び声に掻き消され頭上から伸びてきた腕があっさりと後ろの温もりを奪っていく 「レイラさんっ!」 「もういいの、まほちゃん、、私」 「玲奈、、玲奈、、」 アスファルトに打ち付けられた身体を起こし雨音に紛れて聞こえない程小さな声がポツリポツリと落ちた 「はぁ、、はぁ、、なぁ玲奈一緒に死んでくれるって言ったよな、、」 男のゼェハァと荒い呼吸と闇夜の中赤く光るような充血した目を俺は良く覚えている 「ッ、、、まほちゃん、、?」 カランッという金属音が鳴った時には男は彼方数メートルに吹き飛んでいて脇腹辺りがヒヤッとしたと思ったら今度はジュワジュワと熱くなる感覚だった 『まほろっ!まほろ!』 「まほちゃんっ、、まほちゃん、、」 2人が煩い程何度も何度も俺の名前を泣きそうな顔で呼んでいる 「レイラさん行こう!」 「でも、まほちゃんその傷じゃ、、」 「俺は大丈夫」 なんて事ないようにヘラヘラと笑って見せてアドレナリンが出ているのか本当に痛みを感じていなかった

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