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第58話
快晴の青空に真っ白な入道雲、遠慮がちな蝉の鳴く声と咲き始めの向日葵が目一杯顔を上げて更に高く伸びようと努力する、眩い暑さに本当の夏がやって来ようとしていた
「うん、うん、大丈夫だよ、それじゃ電車くるから、、」
耳からスマホを離して何か言いたげに喚き続ける通話をボタン1つで切る
(ほんと、藍は心配性なんだよ、、)
熱風と共にホームに滑り込んできた電車が開いて人も疎らな車内の隅へ背を預ける
(涼し〜)
冷房が熱を取り込んだ身体を急速に冷やしていく、刺された次の日、病院で目を覚ました俺の傍に桜はいなかった
(やっぱり俺の幻想だったのかなぁ、、)
後から聞いた話によるとレイラさんは無事に高田と帰宅出来たみたいで警察と公園に向かったたかしが雨に打たれる倒れる巨漢を発見し側には包丁が落ちていたらしい
(あいつ捕まったとか聞いたけど)
何度か事情説明に向かった俺達は特にこれといって反撃した覚えもないので外傷のない彼の複雑骨折に警察は頭を悩ませていた
(やっぱり桜はいたんだよな)
きっと男を吹き飛ばしたのは桜の力で俺の脇腹の刺傷が浅く済んだのが何よりの証拠だろう
《〜駅〜駅♪》
次の駅を告げるアナウンスに頭に浮かびかけていた藍の説教を片隅に追いやり出口の前で開くのを待機した
「さ〜くらっ、来たよ」
静かな部屋にビニールの擦れる音とエアコンの機械音が悲しく響く
「ねぇ桜ぁ、あの男俺の事浮気相手って勘違いしてたらしいよ」
笑えるよななんて俺だけの笑い声、静かに寝息を立てて眠ったようにベッドに横たわる桜の髪の毛を1房手に取る
「髪、伸びたな」
根元が黒く変わり彼はまだ生きてる事を教えているようだった
「なぁ、見えなくなっただけでまだ傍にいる?それとも、ここに帰ったの?」
一緒に過ごした不確かな日々、それが嘘じゃないのなら俺の気持ちは桜にしっかり伝わったのだろうか
「俺はきっとずっとお前の事、、、」
言葉は途中で途切れてその先が口から出ることは無かった、変わりに持ってきたビニール袋から水色の瓶を1本取り出す
「笑えるよ、、ほんと」
ペリペリと点線に沿ってラベルを剥がす
(玉押し外すのってプラモデルみたいだよな)
飲み口に嵌ったビー玉が隠れるようにピンク色のプラスチックを重ねる
「俺、これ苦手なんだけど、お前も知ってんだろ」
カコンッと音がして炭酸が弾けて抜ける音
透き通ったビー玉が液体の中でゆらゆら揺れていた
「フフッ、懐かしいだろラムネ、もう温くなっちゃったけど、あの時も焼きそばとかのうえで温まってたよな」
温い瓶を青白い頬に押し付けると初めて桜を見付けた時もこんな顔をしてたよな何て思い出す
「あーぁ、残念だったな、振れなくて」
室内に響く震えた声、落ちた視線の先には白く細くなってしまった手首に赤い数珠玉が淡く光っている
「俺さー、お前の真似して炭酸振って飲んだりしたけどやっぱりそのままが1番美味くね?」
ロマンチストで我儘な俺の1年越しの結論をちゃんと聞いているのだろうか、いてもたってもいられず席を立ちコトンっとサイドテーブルにラムネを置くと病室を後にした
「ふぅー」
ミンミン煩い蝉の鳴き声にうんざりしながら口から吐き出した煙が空に伸びていく
(病院で煙草吸うのって何か悪い事してる気になるよなぁ)
ジワジワと汗ばんでくる肌、俺は徐に首にぶら下げた赤いフィルムカメラを手にし喫煙所を出る
カシャッ
(そろそろ現像出そうかな)
フィルムを巻く感覚、重厚感のあるシャッター音そのどれもが心をワクワクとさせてすっかりフィルムカメラの虜になっていた
(桜が起きるまでに何枚撮るんだろ、、)
本当に撮れているのかも何がどう写っているのかも分からない、それでも大切だと思える
(アルバムに入れたら桜が起きた時にビックリするかな)
嘘ばかりついて忘れられない思い出を不幸と決めつけた、自分の首を締める度に足が地面から離れて自分すら分からなくなる感覚
(必ずね、、、)
最後の一瞬微かに聞こえた迎えに行くという言葉、ただ真っ直ぐに自分と向き合った先に細い後ろ姿が見えた、もう泣いて苦しんでも後悔無い程桜が好きでそんな自分なら少し愛せる気がした
(大丈夫だよ、桜)
約束は守られる、何故ならあの時もそうだったから、運命も奇跡も信じないけど俺の全ては桜だから待てをされた犬のように尻尾を振り続けて忠実にその言葉だけを信じてる
(にしてもあっつ〜)
とぼとぼと院内に舞い戻り病室に向かう、かいた汗が冷房に冷やされて身震いをした
パタンッ
「ただいッ、、、」
スライド扉が勢いによって勝手に閉まりゴムが軽くぶつかる音がする
俯いた視線が窓の外に広がる青さと人影に息を呑んだ
「、、、桜」
見張った目を何度も瞬かせ目の前に広がる光景が偽りじゃない事を確認する、ゆったりとした動作に毛先が揺れて待ち焦がれていた視線が俺に向いた
「お待たせ」
出しにくそうな掠れた声、静かな病室でなかったら聴き逃していたかもしれない、震える足を1歩2歩と動かしてベッドに近づく前には頬を水滴が伝っていた
「桜っ、、桜、、会いたかった」
「ごめんね」
薄い胸元に倒れ込むようにその身体をもう離さないと抱き締めて泣き声を上げる俺の頭を骨張った指がゆっくり撫でる
「好き、好き、大好き桜」
「うん、俺も、好きだよ眞秀」
やっと伝えられた告白は嗚咽混じりで汚くて、
頭上から降ってきた同じ言葉に驚いて顔を上げる
「え、、?」
「ずっと言えなくて、独りにしてごめん」
「でも、、」
もしかしたらここは天国なのかもしれない、それくらい俺の心は絶頂のピークでここで息絶えたらいっそそれも救いに思える
「信じてくれない?」
「だっていつも、、」
俺が何度も愛を伝えてものらりくらりと交わすようにこの思いが実る事は一生ないと思っていた
「俺さ、変な癖治んなくて」
「?知ってるよ」
変な癖とは炭酸ジュースを振って飲む事だろうか突然脈楽のない話題に困惑する
「皆それ見てきもい〜とか不味いって言うんだけど案外俺はその味も好きでさ」
「うん」
「俺だけが好きなら別にそれでいいや〜って思ってたんだけど」
確かに俺も初め見た時はわざわざそんな事をする奴の気が知れないと思っていた、それなのに気づけば桜の癖が俺の癖になってその甘ったるさも悪くないかもなんて、いつからこんなにも俺は影響されやすくなったのか
「でも共有してくれる人がここにいた」
「俺にはくどい、、」
「ハハッ、そっか」
あぁ、これは話の続きだと気付いた時には口角が上がってそれなのに俺の目からは涙が止まらなかった、ラムネといい言い訳といい俺らはもしかしたら似た者同士なのかもしれない
「ずっと好き、もう独りにしない」
「嘘ついたら針千本ね」
ずっと独りであの狭い箱の中の隅に蹲っていた、差し出された手は頭を撫でて通り過ぎていくだけでそれならば安易に触らないでくれと全てに牙を向いた、そこに突然一緒の箱に入ってくる奴が現れて今度は俺を外に導く
「おはよう、桜」
絡み合った視線は睫毛が触れ合う程の距離で温度のある唇にふわりと目覚めのキスを送った
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