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第59話
高校は夏休みに入りその間桜はずっと病院でリハビリを行っていた
「まじで良かったよなぁー」
「ほんとにね、どうなるかと思った」
俺の家で食後のアイスを貪りながら藍とエルくんが談笑している
「そーいえば高田もうちょいしたらバイト終わるってー」
その一言に隣にいたレイラさんの肩がピクっと震えた
「レイラさんどうかした?」
「ッ、、何でもないよまほちゃん」
「まほろー、お前はこれからもうちょい距離感考えた方がいいぜー」
気持ち悪い程ニヤニヤと顔を歪ませそれに同意するような視線が俺に飛んでくる
「なんだよ2人して」
「まぁ、2人の関係見ててアタックしてんだしいいんじゃない?」
耳を疑うとんでもワードに俺は勢い余ってレイラさんの肩に手をかけて揺さぶった
「は?何それ!高田になんかされたの!?」
「落ち着いてまほちゃん、何もされてないから」
「うっわ、セコムだ」
慌てたような弁解に肩から手を離して解放する
「まほろって桜と成就したんでしょ、そんなんでいいの?」
「成就って、、てかレイラさんは別!絶対何か嫌な事とかされたら言うんだよ?」
「高田の事なんだと思ってんだよお前は、あいつ案外真面目だからなー手とか出さなそー」
桜が目を覚まして付き合う事になったのは既に全員周知の事実で報告した時の何を今更というリアクションは今でもはっきり覚えている、良かったなぁー、何てお祝いムードになり朝まで酒を飲む事になったのもしっかりと
「へぇー高田って奥手なんだ」
「そーそ、多分れなちゃんにゾッコンだから」
なんて事を言っているんだと口を挟む前に隣でみるみる赤くなっていくレイラさんは今にもパンクしてしまいそうだ
「高田か、、100歩譲ったら許せるか、、」
「だからーお前は何目線なんだよー」
「シスコンな弟ってところ?いやマザコン?」
悪口のコンボにも屈しないくらい俺は未来を想像して脳をくるくる回転させ本気でお互いが好きあっているのならば渋々許してやろうと心に誓った
「お前ら明日から学校であいつが他の女に鼻の下伸ばしてないか監視しろよ」
「へいへい、まーあいつなら末永く守ってくれるんでねーのー」
確かに藍の言う通り俺がそのポジションに収まる事は出来ない、これから先またあの男が世に出てきて逆恨み何かされていた時には誰がその不安を取り除くのか、そう考えると俺も知っていて安心出来る存在が彼女を守ってくれるに越したことは無かった
「そんな事より桜がいつ退院するか知ってるの?」
「いや、まだ分かんない」
「1年も寝てたんじゃそー簡単に行かないよなー」
4人で溶けかけのアイスに口を付けながら最近行ったお見舞いを思い出す
「でもこの前行った時は大分元に戻ってきてる感じだったね」
「おー何かふっつーに元気そうだったー」
確かに会いに行く度昔の面影を取り戻してきている桜は自分でも早く出たいと思っているのか無理してでも沢山ご飯を食べて痩せこけてしまった頬も今では元通りだ
「なんか筋トレしすぎて看護師に怒られたーとか言ってたしなー」
「あいつ偶に脳筋だから」
エルくんが苦い顔するが歩く事さえ覚束無い状態から数週間のうちに衰えた筋肉を戻すというのは不可能だろう
「まほろー寂しくて浮気したくなったら言ってね」
「しねーよ」
「お前勇者だなー、桜くん怒らせるとか死を感じるわー」
有り得ない提案も今ならきっぱりと無いと言い切れる、何度も桜を怒らせている俺はそう言えばあの時の過ちは特殊な状況故に保留となっている事を思い出して背筋に鳥肌が走って身震いした
「やばい、ちょっと死を感じてきた、、、」
「ハハッ、お前なんか怒らせたのかよ、刺されるより感じる死って何だよ最早気になるわー」
「涙目で許してってお願いしたら許すんじゃない?あいつなら」
適当で無責任な策もあながち間違いではないのが痛い
「何だよそれーやった事あんの?」
「あるわけないじゃん」
「ただの癖かよ」
ゲラゲラと盛大な笑い声が響いて釣られるようにして俺も笑う、こうして何の蟠りも無く笑い合えるようになった日々が何よりも幸せだと身に染みて実感する
「ていうかあいつ学校どうするんだろうね」
「確かにー、1年分の単位足りてないわけだしなぁー」
煙草に火を付けてモクモクする室内に窓を開けると涼しい夏の夜風が頬を撫でた
「いいなぁ、皆同じ学校で楽しそう、私も皆と同級生だったら良かったのに」
レイラさんが寂しげに視線を落とすものだから俺はピトッとその身体に抱きつく
「もうでっかい家借りて皆で暮らそう」
「重ー、重い男は嫌われるぞまほろー」
子供騙しな考えを本気でそう思える程このメンバーなら容易に楽しく暮らしていける想像がついた
「そこかしこで喘ぎ声聞こえる家とか寝れなそうだね」
「あー、想像つくー」
「どんな想像してんだよお前ら、皆仕事行ってさ、レイラさんがご飯作って俺らの帰り待ってんの、、よくない?そんな家」
きっと笑いの絶えない夢のある話だったのに男子高校生の脳内というのはこうも下品に変換されてゆく
「おとぎ話だなー」
「案外3年も経てばそんな事ないかもしれないよ」
何処か縛られてる気がしていた狭くて酸素の薄いこの箱から転がり出す、そんな考え初めから1ミリも無くて何故ならそれが俺の全てだったからだ、今にしてみれば馬鹿な話もあいつがいるなら強くなれる
「まほちゃ〜ん」
「レイラさんんっ」
涙目で雪崩込んで来た身体を受け止め強く抱きしめる、皆それぞれ悩みを抱えて寂しさを埋めるように等しく孤独な夜に寄り添い合う
「またやってるー」
「そろそろ高田くるんじゃないの」
クスクス楽しそうな笑い声、噂をすれば何とやらで玄関の扉が開く音が聞こえる
「おーす、お疲れー」
「おつー、って何やってんの、この人ら」
気の抜ける程抑揚の無い新しい声に俺は顔だけを上げると怠そうな目で見下ろす視線とかち合った
「はいはい、そんな目で見んなって取ったりしないから」
シッシッと手を振ってラグの上に腰掛けると流れ作業のように白い箱から煙草を1本取り出す
「お前らこんなダラダラしてっけど課題終わってんの?」
「うわぁ、自称優等生は言う事が違うねー」
「優等生で悪かったな」
フィルターを逆さにして机に数回叩き付けると薄い唇が紙を咥えて口元を隠すように火をつける
「明日から学校なのに終わってない奴何ているの?」
「エルさん言葉の刃物って知ってらっしゃる?」
大分深く突き刺さったのか胸元を押さえて項垂れる藍にどうせ終わってないんだろうな、なんて思いながら俺も赤い箱から新しい煙草を取り出した
(明日からか、、)
登って行く煙を眺めて今年の夏はあっという間に過ぎ去りそうだと少し名残惜しい気持ちが胸を満たした
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