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第2話
次の日、外はまたしても雨だった。
翠がいつものように音楽室で弁当を食べ終わりのんびりしていると、音楽室の扉が開く。
昨日翠が見かけた学生だった。
「また来たのか、ピアノの練習?」
「あ、いえ…!た…ただ、弾きに来ただけで…。お、お邪魔したならすみません!し、失礼します!」
翠が話しかけるだけでオドオドする学生はすぐに出ようとするが、一言で制止してピアノの椅子に座るよう言った。
翠は話しかける。
「クラスでピアノの係なのかと思ったけど、違うの?」
「ち、違います…。昨日は誰もいないと思って弾いていたんですけど…、今日は貴方もいるかなって…。」
「ん?なんでこそこそピアノを弾いてるんだ?」
「あ、母親がピアノ得意で、小さい頃から良く教わってたんですけど、ピアノ弾いてる男とか居ないじゃないですか。友達にからかわれてからやんなくなって… 」
「ははは…」と困り眉で笑う彼は見た目に反して気が弱いらしい。
翠は彼を見てられなくなった。
というより彼を笑う奴らに腹立たしくなったこと、そして才能があるにも関わらずからかわれただけでやめてしまった彼に対して翠のプライドが傷つけられてしまった気持ちになったのだ。
翠は静かに問う。
「何が可笑しい?」
「えっ…?」
「何が可笑しいんだと聞いた。お前のピアノはとても繊細で聞き心地が良いのに少し残念だ、でも練習すればもっと輝く。なのに他人に否定されただけでやめるんじゃない、好きなら好きで自信がつくまでもっと練習しろ。まだ誰にも言えないなら、これから毎日ここに来たら良い。僕はここにいつでも居るから、弾きたくなったら僕に聴かせに来い。」
翠が話し終わると沈黙が続く。
「やってしまった。」翠はそう思ったが自分の言葉に偽りは無く間違ったことを言ったつもりもないようだった。
翠の言葉に目の前の学生は顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。
(もしかしたら傷つけたか、顔が良く見えない。)
不安になった翠が立ち上がり、近づいたところで彼は大袈裟に顔をあげて言った。
「あ、ありがとうございます…!!ま、ま、また…!弾きに来ます!え、えっと…。」
「二年の佐々木翠だ、翡翠の翠。」
「はい!俺は一年の渡辺鷹生(わたなべたかお)です、よろしくお願いします。」
鷹生は少し恥ずかしそうに頭をかいているのに対し、翠はただうんと頷いた。
その後すぐにチャイムが鳴り二人は音楽室を後にした。
相も変わらず外は雨音で騒がしい。
放課後、翠は当番の教室掃除を終えて溜まったゴミ袋を廃棄場へ持っていく途中に廊下で後ろから声をかけられ振り返ると、そこには昼休みに話したガタイの良い男子学生、鷹生がいた。
気恥ずかしそうに呼んでくる。
「あっ…さ、佐々木先輩!」
「ん、なんだ鷹生。」
「っ…!き、急に名前呼びなんですね。」
「なんだ、嫌なのか。」
「あっ…ぜ、全然嫌じゃないんです!ただ…ちょっとビックリしただけで…。」
「あはは…」と鷹生は頭をかいて苦笑する。
この学校には「ワタナベ」という名字の学生が多すぎる。
翠のクラスにも四人もワタナベが居るから、、誤認を防ぐためには下の名前で呼んだ方が手っ取り早いのだ。
その事を翠が話すと、鷹生は納得したようで「なるほど」と答える。
翠はぶっきらぼうに鷹生に質問をした。
「で、どうしたんだ?何か用件か?」
「あ、いえ…ちょっと、その…。」
翠の質問に対し鷹生は急にモジモジとしだし、周りの様子を伺っている。
翠が両手に持っていたごみ袋を持ち直すと鷹生はようやく口を開いた。
「あ、あの…ゴミ袋、俺が持つので別の場所で話してもいいですか?」
「ん?あぁ、いいぞ。じゃあ頼んだ。」
翠が両手で持っていたゴミ袋を渡すと、鷹生は片手で軽々と持ち歩きだした。
翠は目を見開いていた。
(僕にとっては小分けしたい程には重かったのに、鷹生にとっては綿のように軽いのだろうか。)
感心した翠は思わず言った。
「そんな簡単に持つのか…、凄いな。」
「ただ力があるだけですよ、家でよく重いの運んでたらこんなになっちゃって。」
「何か習い事をしている訳じゃないんだな、てっきり柔道でもやってるものかと思った。」
「習い事、なにもしてないんです。ただ、家が農家で小さい頃から放課後と休みの日は手伝いをしているんです。今は雨続きなんで放課後は暇なんですけど。」
農家は力仕事が必須で早寝早起きもするから育ち盛りの身体には成長のメリットしかないのだ。
「それに」と鷹生は続けた。
「それに俺、大食いなんで。でも、これぐらい力があると、出来る手伝いも増えるので。」
その言葉を聞いて、翠は大きくため息を吐き呟いた。
「…羨ましい限りだな。」
「え…、何か言いました?」
「なんでもない、どうにもならないことだ。」
鷹生の質問に翠は澄ました顔でそう答え少しだけ胸を張って歩いた。
廃棄場に着きゴミ袋を置いた鷹生に本題を聞くと、鷹生は人気のない自動販売機裏の薄暗いところへ翠を誘導する。
鷹生は誰も居ないかを入念に確認した後、小声で話し始める。
「あ、あの、放課後って…先輩は音楽室には居ないんですか?」
「放課後か?放課後は特に用事もないからいつもすぐ帰ってる。」
「そ…うでし、たか…。」
明らかにしょんぼりとする鷹生の様子を見て翠はあっ、と思い出す。
またピアノを弾きたくなったのかと翠が聞くと鷹生は頷く。
「それなら、今から行くか?空いていればいいけど。」
「え、い、いいんですか?!」
「まぁいつも暇だし、弾きたいんだろう?」
そう聞くと、鷹生は顔を赤くしながら頷く。
二人は廃棄場を後にし、それぞれの教室へ鞄を取りに向かった。
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