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第5話
鷹生が家に着き玄関を開けると、真っ先に飛びついたのは雑種の大型犬の文太郎だ。
大きな尻尾を一生懸命に振って鷹生を迎え入れる。
「ただいま~文太郎、今日も雨だったなぁ。」
「あらたっちゃんお帰りなさい。お弁当箱、洗っちゃうから頂戴な。」
「あ、うん…はい。今日も旨かった。」
奥から出てきたのは鷹生の祖母だった。
鷹生が大きな弁当箱を渡すと祖母は嬉しそうに笑って受け取った。
「本当によく食べるんだから、食べ盛りって怖いこと。お米はおにぎりにして正解だったわ、うがいと手洗いしちゃいなさい。」
鷹生は短く返事をし言われたとおりうがいを済ませ自室に向かう。
その途中、茶の間でテレビを見ている中年男性と同じくテレビを見ながらしかめっ面をしている老父に話しかける。
「ただいまぁ、父さんじいちゃん。」
「おーう、鷹生今日はいつもより遅かったなぁ。」
「うん、先輩と帰ってたんだけど途中雨が酷くて…商店街の喫茶店で雨宿りして帰ってきた。」
鷹生がそう言うと、鷹生の父が目を見開いて驚く。
「先輩って、お前部活やってたか?それとも委員会か?」
「いや、ちょっと…音楽室で知り合って…。」
「へぇ…、あぁ音楽室と言えば今日…」
「お前の部屋のピアノを倉庫に移動した。」
「え…」
父が話を続けようとした時、話を遮ったのは祖父だった。
祖父の言葉に鷹生は固まる。
「どうして?」そんな言葉が喉元で詰まり、口に出すことは出来なかった。
「そっ…か、もう、俺弾いてないもんね。弾かないのに部屋にあっても仕方ないし、弾いてもうるさいかもしれないし…。」
鷹生の口からは意思に反した言葉が出る。
本当はそんなこと思ってはいない。
本当は毎日でも弾きたい。
しかし、鷹生の頭のなかでは同級生に言われたことが鮮明にフラッシュバックする。
「男のくせにピアノ弾くの?」
「お前のガタイに全然合ってない」
「そんなこと一言もいっとらん。」
俯いていた鷹生に祖父は叱るように言った。
しかし、その後の言葉はなくただ目線は液晶に流れるニュース番組を追っていた。
すると、奥の方から女性の声が聞こえる。
鷹生の母親だ。
「もうお父さん、たっちゃんにキツく当たりすぎ。」
「あ、大丈夫だよ母さん。」
「はいおかえり、もうご飯できるから着替えちゃいなさい。」
鷹生は自室へ行くと、ピアノがあった場所の畳の色がくっきりと別れている。
どれだけの年月あの場所にピアノがあったのだろう。
鷹生の母が言うには子供の頃から既にあったと言う。
鷹生はそこを隠すように棚を移動させてから着替えると、また茶の間に戻った。
ちゃぶ台を家族で囲み夕飯が始まると、鷹生は喫茶店のことを話した。
「あ、そう言えば…明日から学校の帰りに五時から七時までバイトすることになったんだけど…。」
「あらバイト?なんの?まさか怪しいのじゃないでしょうね。」
「ち、違うって!近くの商店街に喫茶店があるんだけど、そこで先輩と二時間だけバイトすることになって…。その分畑の仕事とか手伝えなくなっちゃうんだけど…じいちゃん、いいかな?」
恐る恐る鷹生が聞くと祖父はぶっきらぼうに応えた。
「もとから手伝いはいらんといっとろうが。もう高校生なんじゃ、勝手にせぇ。人の迷惑にだけはなるな。」
「あら、頑張って~だって。」
「……。」
自分の言葉に祖母が添えた一言になにも言わず味噌汁を啜る祖父をみて鷹生は笑顔で感謝した。
嬉しさのあまりその日はいつもより眠れずにいた鷹生だった。
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