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第8話
放課後、翠と鷹生の二人は学校の玄関で待ち合わせる。
昼休みに交換した連絡先を早速使い、翠は玄関前のベンチに座り鷹生を待っていた。
指がスマホの画面の上を滑り夕方の天気を確認する。
今日の降る雨は少なく、七時頃には晴れるらしい。
翠がしばらく画面を眺めていると、スマホの後ろ側に足が見えた。
見上げると鷹生だった。
「すみません、遅くなって。」
「ん、別に。」
ぶっきらぼうに応えさっさと下駄箱に向かった翠に、鷹生も遅れまいと急いで靴を履き替え翠に付いていく。
傘立てに立て掛けられた幾つもの傘の中から自分の物を見つけると、そのまま二人は喫茶店に歩き出した。
透明なビニール傘にパラパラと落ちる小さな雨粒は他の雨粒に合わさり大きくなって滑り落ちていく。
向かっている途中、鷹生はあることを聞くため翠に話しかける。
「そういえば、先輩。」
「なんだ。」
「先輩のアイコン、なんかのキャラクターなんですか?俺アニメとか王道のしか観たこと無いんですけど。」
鷹生がそういうと、翠はどこかに心を置いてきたかのように答えた。
「それは…、まぁ記念品で貰ったやつだ。」
「そうなんですか、何の記念なんです?」
「……なんだったかな、…忘れた。」
「えええっ!忘れることってあるんですか…。」
鷹生の反応に翠はわかりやすく苛立ちをみせる。
「煩いなぁ、お前には関係ないだろ。」
「それはそうですけど…。」
自分の言葉にしょんぼりとする鷹生を他所に、翠は強引に話をすり替えた。
「そんなことより、今日は二時間も弾けるんだから同じ曲ばっか選ぶなよ。」
「それは…はい、もちろん…。うぅ…、俺なんかの演奏を満足してくれる人なんているんですかね…?」
鷹生は大きな体を丸め、自信の無い発言をする。
今日は初めて翠とマスター以外の人にも聞いて貰うために弾くのだ。
しかし少なくとも二、三年ピアノを弾いていない鷹生からしたら緊張どころの騒ぎではなかった。
(こんなデカブツがピアノ弾くなんてやっぱり似合わないかな…マスターも弾いてたって言うけど、こんな田舎じゃ男が弾くのは女々しいとか言われたら…。)
明らかに不安そうな顔をして頭を抱えている鷹生を見て翠は立ち止まる。
そして鷹生を逃がさんとする真っ直ぐな視線で厳しく言い放った。
「今まで練習をサボってきたんだから自信が無いに決まっているだろ。」
「そ、それは…はい…。その通りです…。」
厳しい一言を食らい、さらに肩を落とす鷹生に翠は続けて話し出す。
その言葉は自信に溢れ力強いものであった。
「それでもお前のピアノの才能は確かで、僕もマスターも、お前が頑張って練習すればもっと素晴らしい演奏が出来ると知っている。今回のバイトも、マスターはお前が変われると信じて持ちかけてくれたんだ。」
「先輩…。」
「だからお前も自分を信じて頑張れ、僕がついてるから。」
鷹生の目には小柄な筈の翠が大きく見えた。
数年前に言われた言葉を気にして背を丸めている自分に対し、翠は自信に満ちた表情で言ったことで鷹生の心の中の雨雲が晴れた気がした。
鷹生は翠に少しだけ胸を張って言った。
「俺、頑張りますっ!」
鷹生の未だ不安は残るが精一杯な表情を見て、翠はただ少しだけ微笑んで「あぁ」とだけ返しまた歩き出した。
傘のビニール越しに見える翠の背中を見た時、鷹生は何か言い表せない寂しさを抱えているように見えて仕方がなかった。
しかし、その原因も、自分が翠の言い得ぬ寂しさを拭える人間に成れるのかも、分からないままただ今は後ろをついて歩くことしか出来ずにいた。
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