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第16話
翠と鷹生が喫茶店へ出向くと、マスターが話しかけてくる。
「よっ、テストお疲れさん!テスト週間の時はバイトしないと思ったのによ、手を抜かずに頑張ったな!というわけで、今回は俺からのサービスでスペシャルメニューを出してやるよ。」
そう言って出されたのはフルーツで鮮やかに彩られたフレンチトーストだった。
モッテリとした生クリームがたっぷり乗せられている。
普段、この喫茶店にはこのような洒落たメニューは少ない。
だからこその特別なメニューなのだろう。
二人は幼児のように瞳を輝かせながらナイフとフォークを手に取る。
ナイフでフレンチトーストの角を切る。
スクッ、フワッ。
二人は目を合わせて一口食べはじめる。
フワッ、トロッ、ジュンワリ。
中まで卵液が浸透したパンは口の中で咀嚼する度にトロける。
甘さ控えめにした生クリームとは愛称が抜群だ。
一口食べる度にバターの香りが鼻から抜け、添えられているベリー達が酸味としてアクセントを加えている。
テスト勉強で疲れた身体に甘酸っぱいものが染み渡る。
食べ終わると、マスターは満足げな顔で言う。
「どうだ、旨かっただろう?」
「はい、すごく美味しかったです。」
「これ、お店で出さないんですか?!絶対人気出ると思うのに…。」
鷹生の発言にマスターはチッチと舌を鳴らした。
皿を片付けながら話し始める。
「俺の店は今時の若者には合わないんだよ。お前らは別だけどな、この落ち着いた空間で、雰囲気を楽しめるような店にしたいんだよ。ま、夜は大人達が騒いでくるけどな。」
何処か迷惑そうに言うマスターは二人をみて微笑んで話を続ける。
「それでも、お前らが来てくれたお陰で夜もピアノに浸りながら飲む人数が明らかに増えたんだ。俺の求める空間と雰囲気を楽しむ大人がな。」
その話には嘘偽りがなかった。
実際、二人がバイトをはじめた頃は泥酔して騒ぐ客が多々見えていたが、今ではすっかり鷹生のピアノの演奏に耳を傾けて酒を嗜むことを目的に来る客がほとんどになっていた。
演奏が終れば皆拍手を忘れずに送り、その行為が鷹生に少しずつ自身をつけていたのだ。
マスターは二人の頭を少しだけ乱暴に、且つ優しく撫でながら言う。
「お前らのお陰だ、本当にありがとうな。このフレンチトーストはうちの店からのありがとうを体現したもんだ。」
翠と鷹生は頭をワシワシと撫でられ恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにお互いを見て笑った。
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