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第18話

翌週、二人は鷹生の家で浴衣の着付けをしてもらっていた。 翠はどこか気恥ずかしそうに、鷹生はハイテンションで鏡に映る自分達を見ていた。 「先輩!凄く似合ってますよ!」 「お、お前も良く似合ってる。鷹生のお婆さんありがとうございます、こんなに立派な着物を作ってくれて。」 お礼を言う翠に祖母は上機嫌に笑う。 「いーえ、それよりさっさと行っちゃいなさい!下駄は二人分ちゃんとあるから心配しないで、行ってらっしゃーい!」 ぐいぐいと押されながら二人は家を後にした。 祭り会場に向かうと商店街から神社に向かって一直線に屋台が向かい合いズラリと並んでいた。 田舎とはいえ流石はお祭り効果と言ったところか、人混みで賑わっている。 あまりの混み様に翠は困惑していた。 「隣の町からも人が来るんで、これくらい混んじゃうんですよ。とりあえず、お面屋さんに先に行きましょうか。」 さっさと行こうとする鷹生の裾を掴んで翠が話す。 「これだけ人が多いと、はぐれるだろ。」 「あ…じゃあ手、繋ぎます?」 鷹生の提案に顔を赤くしながらポカンと頭を叩く。 「ば、バカ!そんな事する筈がないだろ、恥ずかしいな!…これだよこれ!」 勢い良く差し出したのは手拭いだった。 手拭いを握りしめながら翠は言った。 「これ、端と端を手首に結んでいくぞ。」 「なるほど!先輩はやっぱり頭が良いですね!」 「直ぐに手を繋ごうとするお前は大概だな。」 「?、俺は先輩となら手繋げますよ?」 「…!ば、バカオ!!ほらいくぞ!」 そう言ってグイグイと鷹生を引っ張った翠の頬は屋台の暖色の明かりのせいか、鷹生には赤く染まってるように見えた。 人混みを掻い潜り、お面屋に着いた。 どんなお面がいいか悩んでいると店主が話しかけた。 「二人とも高校生だろ?ちったぁ高くなるが、この犬と猫の面とか似合うと思うぞ!顔を隠しても下半分は空いてっから飯も食えるぞ!」 そう言って一番上に飾られていたお面をはずして見せてくれる。 「これ良さそうですね。俺は、犬で…先輩は猫ですかね?」 「なんで僕まで…。」 「なんだ、兄ちゃんは買ってくれんのかい?」 「うっ…。」 鷹生は即決で買い、翠は悩んだ末にそのお面を買った。 「まいどー!」 その後、二人はお面を斜めに付けて他の屋台も回った。 たこ焼き、イカ焼き、かき氷、金魚すくい、トルネードポテト、お好み焼き、射的。 刹那、一層混んでいる人混みで手拭いがほどけてしまった。 突然一人になった翠は、冷静に神社の方へ向かった。 そこなら見晴らしも良いし直ぐに見つかるだろうと思ったのだ。 スマホのメッセージ画面にいる場所を伝え階段にしゃがみこむ。 (夏祭りなんて何年ぶりだろうか?) 翠は最後に夏祭りに行った日を思い出した。 その思い出には祖母がいて手を繋いで回っていた。 あの時の匂い、音、色全てがキラキラしていて楽しかった。 思い出に色が戻ると同時に目尻が熱くなる。 (あぁ、なんで思い出したんだろう…。) 溢れてくるものを隠すために斜めに付けていた猫のお面を被る。 俯いていると、下駄の音が近くなってくる。 足元を見る限り鷹生の下駄だ。 慌てて鷹生が謝り出す。 「すみません、俺が強く引っ張ってたから解けちゃいましたよね…。…先輩?大丈夫ですか?痛いところあります?」 「別に…、ない…。」 声が微かに震えていた。 鷹生はなにも言わず隣に座り込んで、さっき買ってきたものを広げて食べはじめる。 相も変わらず凄い量を食べている。 「これ、甘くてうまいですよ。先輩もどーぞ!」 差し出されたのはイチゴ飴だった。 串に刺さったイチゴに絡む飴がてらてらと周りの明かりを反射している。 一口食べるとカリッと音を立てて飴が割れ口の中で砕けていく。 「確かにうまいな…。」 「でしょ?あ、そろそろかな。先輩、空見てくださいよ。」 鷹生に言われ空を見上げると、ドンと言う音ともに大きな花火が咲いていた。 その時翠の記憶が鮮明に甦る。 祖母と手を繋いで河川敷を歩いた夏祭りの帰り道、大きな音に驚いて空に目をやると、大きく綺麗な花火がうち上がっていた。 あまりの綺麗さに手に持っていたイチゴ飴を落としそうになりながらも、目を離せず大きな瞳で、花火を眺めていた。 今は涙のせいで滲み、良く見えない。 もっと、もっと鮮明に見たい。 翠はお面をはずし、涙を拭き取って眺めた。 鷹生が空を眺めながら語り掛けた。 「俺、実は先輩とこの花火を見たかったんです。一人でも見に来れるけど、あの日音楽室で先輩と会ってから、俺は一人じゃなくなって、バイトもはじめて、知り合いも出来て。全部、先輩と出会ったからだと思ってて。だから、先輩をお祭りに誘って二人で花火をみたかったんです。」 照れ臭そうに笑う鷹生は空から目を離してはいない。 それは先輩である翠の泣き顔を見ない様にしているのか、はたまた目が離せないだけなのかは定かではないがただじっと花火がうち上がる空を見続けていた。 花火も終わり、二人は鷹生の家へと帰っていた。 草むらの方からチリチリと夏の虫の声と二人の足元から聞こえる下駄の音だけが響いていた。 暫く歩いていると、翠が立ち止まる。 「先輩、どうしました?」 鷹生の不思議そうな声に翠は言った。 「今日は誘ってくれてありがとう。」 月明かりに照らされている翠の表情は柔らかく微笑んでいて、鷹生はそんな翠を酷く綺麗だと思った。 鷹生は動揺を隠すように帰路へ振り返りながら返事をした。 「ど、どういたしまして!明日、早速動画撮影ですね!俺、はりきっちゃいますね!」 「ふははっ、張り切りすぎて寝不足にはなるなよバカオ。」 そうしてまた歩き始めるが次は下駄の音だけではなく、二人の楽しげな会話も混ざっていたのだった。

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