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第20話

そして、翠と鷹生は毎週喫茶店の定休日を撮影の時間に回した。 少しずつではあるがアカウントをフォローしてくれる人数は確実に増えている。 しかし、動画を撮り貯めていくうちに翠のスマホの容量が足りなくなってきたのだ。 翠はようやく来たか、とニヤリと笑う。 週末、鷹生は翠の家に招かれた。 最近出来たと噂のマンションは田舎にはどうも馴染んでおらず、鷹生も物珍しげだ。 翠が鍵を開けて中に入ると鷹生は息を飲んだ。 「わ…ぁ、すげぇ…テレビでしか見たことないや…。」 「そうまじまじと見るな…、なんか、恥ずかしいだろ。」 「す、すみません…!人様の家なのに…。」 「ま、いいけど…、僕の部屋はここだ。」 そう言われ中に入るが翠らしいと言うべきか、殆ど物がない。 俗に言うミニマリストとまではいかないが、本棚にベッド、L字の学習机が鷹生には印象的だったのだ。 (ここが先輩の部屋、か…。確かに、先輩の匂いがする。あれ…あの人形。) 鷹生が目には言ったのはペンギンの人形だった。 近くで良く見てみると状態はいいがすこし古ぼけている。 足元にタグがあり捲ってみると。 「少年合唱団」と書かれていた。 (合唱団…やっぱり、翠先輩って…。) 「おい、なにしてる?」 その言葉に肩を跳ね上げる鷹生が振り返るとどこか不機嫌そうな翠がお盆を持ち立っていた。 お盆の上にはオレンジジュースが入ったコップが二つとクッキーが乗せられている。 「あ…えっと、先輩のメッセージのアイコンのペンギン、この子なんだなぁって思ってちょっと見ちゃいました。先輩、やっぱり合唱団に入ってたんですね…。」 「…、小学生の頃までだ。今は歌わないし、今後歌うこともない。」 「それは…どうして…。」 沈黙が空気を凍らせる。 しかし、翠は俯いていた目線を鷹生にまっすぐ向けて言った。 「それはお前には関係ないことだ。」 その一言が鷹生にグサリと音を立てて刺さる。 今まで上手くお互い距離が近くなっていた気がしたが、それは自分だけだったのかと。 そんな鷹生を他所に翠は小さなテーブルにジュースとお菓子をさっさと置いて本題に入りはじめた。 「鷹生、見ろ。」 そう言って勉強デスクに指を差した。 差された方向を向くと開かれたノートパソコンが部屋の照明を反射している。 「これ…パソコンですか?!」 「あぁ、そうだ。バイト代で漸く買えたんだ。これで編集の幅も増えてより良い動画が作れる。」 「さすがです先輩!これからは、大きな画面で編集できるから、先輩の負担が少しでも減りますね!」 「そうだな。これからはこのパソコンから動画をアップロードしていくことになる。それをお前に伝えたくてここに呼んだ。」 そう微笑む翠。 その微笑んだ顔をみて鷹生はすこしだけ安心した気がした。 出会った時は目線すら合わせてくれなかったのだ。 それでも、翠から放たれた言葉は鷹生の心に少しだけ跡を残し続けたままだった。

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