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第22話

そして遂に学校祭がやってきた。 校舎内は人で溢れかえっているようだった。 各クラスの出し物も人気でその中でもおばけ喫茶は一番の人気を誇り翠は忙しそうにしていた。 それでも、鷹生の演奏は見物できるように交代の時間をずらしてもらっていた。 「佐々木~、もう交代だぞ~サンキューな!」 「あぁ、あとは、これとこれをつくって出せば大丈夫だ。」 引き継ぎが終わり教室から出ると雀が魔女の姿で翠を急かしていた。 大きなとんがり帽にマントを羽織っていた。 「いたいた、おーい翠!そろそろいかないとヤバイ!」 「あぁすまん行こう。」 渡り廊下を歩いて体育館に向かうと既に会場は盛り上がっていた。 ちょうど次が鷹生の番らしく、ステージ下の脇にピアノが置かれていた。 鷹生がお面を被った状態で出るとライトアップされ、すこしざわつきながらも拍手が湧いた。 座ってから数秒、動かない。 「どうしたんだ?」 「パニックになって僕のことが見えないんだ。」 「え、じゃあ…」 「あのままだと弾けない…。…ちょっとここで待て。」 「あ、ちょっと!」 鷹生の視界は強いライトアップとピアノの反射のせいで非常に眩しかった。 観客席をみようにも緊張で見れない。 (どうしよう、どうしよう、どうしよう…何を弾けば良いんだった?前が見えない…先輩…。) 不安そうにしているのが観客にも伝わったのかざわつきはじめる。 「雀先輩、どうしますか?」 「うわぁこりゃ不味いぞぉ。」 「…雀、マント貸せ。あとマイク。」 「あなた誰ですか?!先輩から勝手に!」 雀からマントを引っ張る少年は猫の面をしていて誰だかわからないが、雀にはわかったようだ。 「ニシシッ!よし、いってこい!」 マントとマイクを受け取った少年はそのままステージに上がり鷹生の肩にポン、と手をおいた。 その感触は知っている。 なぜならいつもピアノを弾く前にその動作をするから。顔を上げると強いライトアップに大きな影が出来、猫の面の奥の瞳が見えた。 肩に置かれた左手はゆっくりとピアノに近づき、ある和音を鳴らした。 それはいつの日だったか、雨の日、誰もいないと思って弾いた、彼らの始まりの曲だった。 作曲者 トンマーゾ・ジョルダーニ 『カロ・ミオ・ベン』 Caro mio ben, credimi almen, senza di te languisce il cor, 愛しい女(ひと)よ せめて私を信じて あなたがいないと心が弱ってしまう caro mio ben, senza, di te languisce il cor. 愛しい女(ひと)よ せめて私を信じて あなたなしでは心が弱ってしまう Il tuo fedel sospira ognor.  Cessa, crudel, tanto rigor! あなたに忠実な男は いつもため息ばかり やめておくれ 残酷なひと あまりにも酷い cessa, crudel, tanto rigor, tanto rigor! やめておくれ 残酷なひと あまりにも酷い Caro mio ben, credimi almen,  senza di te languisce il cor. 愛しい女(ひと)よ せめて私を信じて あなたがいないと心が弱ってしまう caro mio ben, credimi almen,  senze di te languisce il cor. 愛しい女(ひと)よ せめて私を信じて あなたがいないと心が弱ってしまう 体育館に切ないピアノと可憐なソプラノが響き渡る。 皆静かに聞いている。 観客の皆が息を飲んだ。 物音一つさえ出したくないほどの美しさだった。 最後、弾き終わると体に響く程の拍手が送られた。 ステージの二人はマイクとマントを置いてその場をさっさと切り上げ、走ってその場を逃げ出す。 途中ではぐれないようにしっかりと手を繋いで。 着いたのは屋上だった。 二人はお面を取ってはしゃいだ。 肩で息をしながら、胸の高まりは戻らないままだ。 「や、やっちゃったっ!ついにみんなの前でっ!!」 「はははっ!やってやったな!!」 いつにもなくはしゃぐ翠に鷹生は質問をした。 「どうして、あんなに綺麗に歌えたんですか?」 鷹生の言葉にすこし間を空けて、空を見ながら言った。 「昔、歌ってたんだ。ちょっとだけな…。」 鷹生はわかっていた、きっとちょっとだけじゃない。 過去に血の滲むような努力をしていたに違いない。 もういない誰かに向けて。 それを無理に聞こうとは思わなかった。 ただ今はこの清々しい青春を感じていたかったから。

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