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第23話

翌日、学校では突然現れたソプラノ歌手とピアノ奏者の話で持ちきりだった。 「うちの学校にあんな奴いたか?」 「昨日の動画あげたらめっちゃバズったんだけど!」 どうやら翠と鷹生がやった事とは誰も思っておらず、しまいには他の者が名乗り出る始末。 それでも二人にとっては好都合だ。 馴染めていないクラスの連中から注目が集まることなど望んでいなかったのだ。 帰りに二人は件について話し始める。 「案外バレないものですね。俺、てっきりからかわれるんじゃないかと思ってました。」 「確かにうちの学生ならやりかねんな。動画もいつの間に撮られたのか拡散されまくりだ。」 「ほら」とスマートフォンの画面を見せると視聴者数は1万を越えていた。 それに繋がりrainの登録者数も増え、コメントもつけられていた。 「あの学校祭の動画のピアノ奏者ってこの人だよね?」 「歌ってる人いないんだけどなんで? 」 「あの人の歌もっと聞きたいので出してください!」 「ピアノ弾ける男の人ってかっこいいよね。」 コメントを読んで鷹生は有頂天になっていた。 これだけ一気に人気になったのだから無理もないだろう。 裏腹に、翠は苦虫を噛んだような顔をしている。 それもそのはず、歌ってくれと言うコメントが多いせいだ。 それを知ってか知らずか鷹生は翠に提案をする。 「先輩、先輩もソプラノ歌手として動画に出ましょうよ!」 「はぁ?!何言ってんだ無理に決まってるだろ!」 「昔練習してたって言ってたじゃないですか!」 「少しだけと言っただろ!」 二人はお互いの主張に躍起になった。 絶対に出ないと言う翠に対して鷹生は声を張り上げていった。 「先輩昨日少しだけ練習したって言ってましたけど、あれは相当な努力をしなきゃ出来ないんです!!それとも先輩は天才なんですか?!」 いつものおどおどした後輩から出る希に見ない気迫に翠はウッと押される。 鷹生は更に続けた。 「それに、動画のコメントでは先輩の歌声をもっと聞きたい人がたくさんいるんですよ!俺もその一人なんです!」 「…むかし、昨日のあれは特別練習して覚えてたから歌えてただけで…、今はなんにも練習してないから歌えない…声が良くても技術が足りない…。」 「それなら練習すれば良いじゃないですか!いつも先輩が俺に言うじゃないですか『練習すれば自信が付いてくる』って!」 「僕が昔歌ってたのは亡くなった祖母の為だ。今は誰に向けて歌えば良いのか分からない…。」 翠は俯いて話した。 今まで誰にも話してこなかった事実。 翠が音楽室に一人で無気力に入り浸る理由だ。 少しの沈黙の後、鷹生は翠の両手を握って言った。 「じゃあ、俺に向けて歌ってください!俺は先輩を想ってピアノを弾いてきました!だから、先輩も俺を想って歌ってください!」 「な、なに言ってるんだバカオ!そんな…、お前を想って歌えだとか…。」 翠の顔がカァッと一気に赤くなる。 一方鷹生は翠が何故顔を赤らめるのか分からずキョトンとした後、気づいたのか必死に訂正する。 「い、いや違くて…!俺がピアノ弾くとき先輩がいると安心して弾けるから、お祖母さんの替わりにでもなればと思って!」 急に慌てふためく鷹生を見て翠は吹き出して笑う。 先ほどまでの心のモヤはどこへ行ったのか、翠はひとしきり笑った後言った。 「分かったよ、考えとく。今はバイトの事考えるぞ。」 「っ…!はい!」 そうして二人は喫茶店へ向かうのだった。

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