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第25話
学校祭も終わり静かになった頃、翠のクラスではとある班を決めていた。
そう、学生の大イベントのもう一つ、修学旅行である。
翠が所属する班は以外とあっさり決まった。
ここ数ヵ月、翠の言動が柔らかくなりクラスメイトも接しやすくなったのだろう。
「なぁなぁ、佐々木は京都どこ周りたいとかある?みんなで1ヵ所ずつ決めようぜ!」
「そうだな、稲荷神社に行ってみたいかもな。あの有名な千本鳥居を見てみたい。」
「確かに~!」
男子達で話していると違う班の女子から小さな声で話しているのが聞こえてきた。
「ねぇ、前の佐々木くんあんなに怖かったのにどうしてあんな物腰柔らかくなったんだろう?」
「分かる、今の佐々木くん優しいよね。」
「好きな人が出来たとか?」
「え~めっちゃ気になる~。」
耳の良い翠は全て聞こえていたが聞こえないフリをして話を続けた。
昼休み、翠は鷹生に質問をした。
「なぁ、僕の性格昔と変わったか?」
「どうして急にそんなことを?」
「いや、クラスの女子がな僕の性格が物腰柔らかくなったと言うんだ。そこまでは良いんだが、僕に好きな人が出来たからじゃないかとか…。」
「え?!先輩好きな人出来たんですか?!」
驚く鷹生に翠はすかさずチョップをかます。
「話を聞けバカオ。僕に好きな人なんて居ない。」
「そうなんですか!よかった~…。」
安心して弁当を食べ進める鷹生はうーんと考える。
「俺にはよく分かんないですね。確かにはじめて会った時は怒ってるのかなって思いましたけど、話をするとちゃんと俺の事考えてるんだってことも分かりますし。」
「そういえば、修学旅行のお土産1個くらいでいいだろ?何か買ってきてやる。仕方ないからな。」
「いいんですか?!やったー!」
その後、喫茶店でマスターと雀にも同じ質問をした。
「あ~確かに翠はじめてワシに会ったとき警戒した猫みたいだったなぁ。まぁでも、柔らかくなったのは本当じゃなーい?ねぇマスター?」
「そうだな、物腰柔らかくなったのは鷹生と過ごしてきたからじゃないか?」
グラスを磨きながらマスターは答えた。
その言葉に鷹生と翠は頭にはてなを浮かべた。
雀は逆にほほうとニヤニヤしながら二人を眺めた。
マスターは続けて話した。
「ま、二人の相性がよかったってこった。さ、そろそろ時間になるから着替えてこい。」
翠と鷹生は言われたまま着替えにバックヤードへと向かった。
見送った雀はまるで独り言のように語りかける。
「さて、いつ気付いてくれるかね~。」
「あんまり茶々いれるなよ、うちの大切なバイトなんだからな。」
「はぁーい。」
その日もピアノは大盛況で二人はいつもの公園の東屋でサンドウィッチを食べ、帰った。
翠はベッドの上で一人考え事をしていた。
「好きな人、か…。」
翠は十数年生きてきて誰かを性的に好きになることはなかった。
「好きな人」その言葉が翠の頭の中をぐるぐると回る。
「まぁ、今考えても仕方ないか。そんなことより次の歌の楽譜を見とかなきゃな。」
そう言ってファイリングされた楽譜を広げた時、ふと思い返した。
(この関係、一体いつまで続けるんだろうか?今は学生だからと自由に好きなことに没頭できるが、僕とあいつが就職したらこの関係も無くなるのか?)
「それは、嫌だな…。…っ!」
翠はハッと口を押さえる。
自分が言ったことに驚いたのだ。
翠は今、鷹生との関係がなくなるのが嫌だと言ったのだ。
それでも違うと翠は首を振った。
「違う、一緒に活動が出来なくなるのが嫌なだけ、で…。だから…」
だから、心臓が急激に速くなったことも勘違いだ。
翠はそう考えた。
がしかし、頭に思い浮かぶのは鷹生の顔だった。
翠は必死に頭を振って掻き消す。
(もし、もし僕があいつの事が好きだったとしても…、将来を考えれば足枷にしかならない。諦めろ、アイツだってその方が幸せなんだから…。)
その夜、翠は中々寝付けずベッドの上で過ごした。
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