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第3話
秀人は数日前に絡んできたあの日から平日は毎日のようにベランダの隙間から俺の家に来るようになった。
はじめの頃は酷く驚いた。なにか物音がするとベランダに出ると、隣の仕切り板を器用に改造して扉のようにして入ってきていた。
「ちょ、おまっ…!」
「シーッ、ご近所に迷惑だよ。」
驚いた俺に、秀人は冷静に諭した。
小声で話しかける。
「なにやってんだよ、不法侵入だろ。」
「どうしても幸に会いたくて、大丈夫、バレないようにするから。」
「そういう意味じゃ…」
話の途中で秋風が吹く。
それはとても冷たく身体から容易に熱を奪っていった。
秀人が体をわざとらしく震わせていった。
「ねぇ、幸。寒いから中入れて。」
「いや戻れって…。」
「このままじゃ風邪引いちゃうなぁ~、あー寒いなぁ。」
「はぁ、死ぬ程散らかってるからな。」
仕方なく部屋に入れると秀人は嬉しそうにまっすぐ俺の布団の中へと入った。
いつ干したのかも洗ったのかも分からない程に薄汚くなったその中によく入れるものだと俺は半ば呆れながら隣に座った。
「えへへ、幸の匂いする。」
「嗅ぐな嗅ぐな、ほとんど洗ってないんだから臭いだろ。」
「僕は好きな匂いだからいいの。」
そう言って子供らしく話す秀人は隣の俺の腕を抱き締める。
子供の体温というのは少し高めで服越しにすぐ温もりが感じられる。
そう言えばもう2日風呂に入ってないことを思い出し、慌てて離れると秀人は頬をぷっくり膨らませて怒りだした。
「どうして離れんの?」
「いや…、風呂入ってないから汗くさいだろって…。」
「でもくっつきたいの!」
「今日はダメだ。」
そう言いながら近づく秀人の頭を押さえる。明日、すぐにでも風呂に入ろう。
観念した秀人は拗ねて隣で膝を抱えた。本当にコイツは何を考えているのかが分からない。きっと昨日母親から近づかないよう言われているだろうに、仕切り板を改造しこちらの部屋に来た。そんなことまでして俺の所に来る心理はいったい何なんだ?
何日も考えているが今も理由は分からない。
だが確実に言えるのは、俺が少なからずコイツに少しずつ気を許してきていることだ。
今日も俺の隣で小さいテーブルを使って宿題をしている。
俺は何もせず、ただ隣でその光景を眺めるだけ。ただそれだけでも、どこか心地が良い気がしている。
宿題を終えた秀人が俺の脚の間に入ってくる。
「はぁ、やっと終わった。」
「いつも量多いよな、学校の宿題。」
「学校のだけじゃないよ、塾の宿題もある。」
秀人は学校終わりまっすぐ塾へ通い宿題を片付ける。子供である秀人にとってどれだけ窮屈なものか、安易に想像が出来る。
だが俺は秀人には何も聞かない。プライベートなことだ、俺だって家族の事を聞かれたくなんかはない。秀人も賢いからなのか初めて会った時以来、俺の家族の事を聞こうとしていなかった。
二人で俺の携帯の小さな画面で流れている動画を眺める。
秀人は犬が好きなようで、よく子犬の動画を好んで検索している。
今も歩き方がおぼつかないゴールデンレトリーバーの赤ん坊をみてニコニコしている。
後ろから秀人を眺めていると、突然振り返って俺をじっと見つめ出した。
「な、なんだよ…。」
「ん~?幸の顔が見たくなっただけ。」
「なに変なこと、言ってんだ、よ…。」
顔が熱くなっていくのを感じる。きっと俺は今顔が赤くなっているに違いない、そう思って腕で隠そうとするも抑えられる。
思わず目をギュッと瞑ると唇に柔らかいものが当たった。それは目を開けずともわかる、秀人の唇だ。
俺の部屋に来るようになってから秀人は必ず俺とキスをする。
最初は強引なもので、俺は必死に抵抗したが所詮は引きこもりの筋力、簡単に押し倒された。
それから俺は抵抗は無駄なものだと悟り、されるがままになっているがどうも慣れない。
二度三度と鳥が啄むような触れるような口付けから、まるで俺の唇を味わうように口を開け始める。
秀人の舌先が伸び、唇の間を割って入ろうとする。
俺が緊張で口元を横一文字に強ばらせていると、耳を淡く触り始めた。
「んぅっ…!ちょ、や…んっ…んんっ…。」
思わず声を出し口を開けた瞬間、秀人の舌が口内に滑り込む。
まるで俺の口の中を味わうように舌の裏や口蓋を舐める。
口の端から漏れる二人の混ざった唾液を溢さないように吸い、飲み込む。
コイツはいったい何処でこんなことを学習してくるのだろうか?
最初はただ触れるだけのキスだった、いつの間にか大人が夜愛し合うために行うスキンシップのようなキスに変わっていた。
俺も俺で、なにも抵抗せずただ秀人からされるキスの快感に溺れるだけだった。
身体から力が抜けていく感覚が、どうしようもなくさせる。
まるで背骨が溶けてしまったように言うことを聞かなくなる身体、霧が掛かったようになにも考えられなくなりボーッとする頭。
その感覚が俺を襲うのがどうしようもなく心地よくて、どうしようもなく怖い。
必死に恐怖から逃げるために秀人に抱きつくと、優しく頭を撫でて抱き締め返す。
(あぁ、どっちが年上だかわかんないな…。)
ようやく離れた二人の口から長い糸が伸びる。
足らなくなった酸素を取り込むために必死に息をする。
「っはぁ、はぁっ…、うぅ、グスッ…。」
「幸、幸…かわいい、かわいいね…。泣いちゃう幸がかわいすぎるよ。」
涙でボヤけているが、目の前の秀人が俺を子供らしくない笑顔で見ているのはわかる。
まるで獲物を目の前にした肉食動物のような瞳の中に俺が閉じこめられている。
「もっとしたいけど、そろそろ帰らなきゃ…。また来るね、幸。大好きだよ。」
そう言ってベランダから出ていってしまった秀人をただボーッと見つめ、寂しさにどうしようもなくなった俺はそのまま眠りについた。
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