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第8話
もう履修済みでつまらない授業を聞き流しながら窓の外を眺めると、もう校庭の木は殆ど葉がなくなって枝だけになっている。
冬が近い証拠だ。
僕は冬が嫌い。
寒くて冷たくて、身体が勝手に強ばって、お母さんが機嫌が悪い時に凄く似ている。
でも、今は少しの時間だけど幸の所に行ける。
最近の幸は最初と比べて随分と僕に信頼を置いてくれるようになった。
スキンシップも日に日に嫌がる事無く、寧ろ求めているとさえ感じる。
もう少し、幸が僕に依存してくれるまでもう少し。
でも、まだ僕は小学生だ。
母さんの元から離れるにはまだ早すぎる。
でも、それだけの事で挫けていては僕は幸を守れない。
最低でもあと五年、僕は何も出来ない。
高校生になってからやっと、僕と幸の城を手に入れる資金を貯められる。
だから、今はその為に出来ることをするしかない。
勉強、
勉強、
勉強、
正直苦しい。
でも、僕には幸がいる。
それだけでなんでも耐えられる。
今も授業が終わった放課後、頭の悪い奴らが僕に話しかけてくる。
「ねぇ秀人君、次の土曜日私たちと遊びに行かない?パパが車運転して水族館に連れてってくれるんだけど…。」
「…、あぁ~ごめんね。僕その日予定は行ってるから行けないな。」
「また?先週も先々週も…暇な時っていつなの?」
「基本予定が入ってるから無いかな。」
適当に断っていると、また別の頭の悪い奴が話しかけてくる。
「うわぁ出た出た、優等生な鈴木くんは今日も女の子に囲まれて羨ましいなぁ!」
「お前らも相手にされてないこと気付けよ~。」
「うっさいなぁ!別にそんなこと無いもん!そうでしょ?秀人君!」
うるさい、うるさい、みんなうるさい。
低能が僕に話しかけるんじゃねぇよ。
目の前でそんな目にに涙ためても可愛くない。
人間で可愛いのは世界で唯一、幸だけだ。
それでも、いまは我慢して対応しなければいけない。
これも幸のため、幸のため…
「そんなことはないけど…、毎回断るのも僕は心苦しいんだ。だから、今度からは僕じゃなくて他のみんなを誘って。君もきっと誘ってほしいんだろ?」
「はぁ?!そんなこと一言も言ってねぇんだけど?!」
「じゃあなんで羨ましいなんて言ったの?女の子に囲まれたいんだろ?僕はそんなこと無いんだけど。」
「え、秀人君って女の子好きじゃないの…?」
出た、その質問。
まるで普通じゃないものを目にしたかの様に僕を見る。
みんなだって外れているくせに。
それでも、相手には悟られないように笑顔で答える。
他人の機嫌を取ることなんて簡単なことだ。
でも、そろそろちゃんと僕の気持ちを伝えた方がいいかな。
「別に嫌いな訳じゃないよ、ただ今は勉強に集中したいだけ。」
そう、今はこいつらに構っている場合じゃない。
たくさん勉強をして、幸を養えるようにしたいだけ。
だから、
「だから、君の想いには応えられないかな(僕の邪魔をするな)。」
「ぁ…。」
「それじゃ、塾の時間に遅れるからまたね。」
まるで希望を失ったかの様に動揺した彼女の横を通りすぎる。
小学生にしては随分と自分を着飾るのに必死なのか、甘ったるい香水の臭いが鼻腔を通る。
実に吐き気を催すのにはうってつけの臭いだ。
教室内の誰もが僕を見つめるが気にしない。
たとえ相手がクラスのマドンナで皆にチヤホヤされるのが当たり前な女でも、僕にはいらない。
僕が必要なのは幸だけだ。
塾が終わって足早に家に帰る。
母さんは仕事でまだ帰らない、今のうちに出きるだけ早く幸に会うために早く帰りたいんだ。
エレベーターのボタンを押して待つのももどかしい。
ようやく自分の部屋の階に着いて玄関の鍵を開けるとき、微かに隣から話し声が聞こえた。
幸の部屋の方だ。
誰だ?
恐らく生活保護の人間なんだろうが、それでも腹の底が一瞬にして煮えくり返る。
僕の幸に話しかけるな。
話が終わったのか扉が開いて出てくる。
その男は僕に笑顔で話しかける。
「おや、どうも。」
「こんにちは。」
それだけの会話だ。
それだけの会話なのに反吐が出る。
幸にそんな顔で臭い口から出した息を嗅がせたのだろうか。
法律というモノがなかったら今ここであの首を噛み千切っていただろう。
僕はさっさと部屋に入り、お母さんがいないことを確認して幸の部屋に移った。
ベランダから窓越しに幸を見ると、どうやら布団に潜っているようだ。
幸に聞くと、やっぱり生活保護の人間だったらしい。
幸をこんなに疲れさせて、一体どういう魂胆なんだろうか。
大丈夫だよ幸、僕がたくさん癒してあげる。
たくさん撫でて、僕だけしか考えられないことをしようね。
今はまだ簡単なことしか出来ないけど…、それでも、気持ち良くなって顔を真っ赤にして涙目で僕を見つめる幸が大好きだよ。
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