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第5話

 二人はその後、少し遅めの夕食に舌鼓を打った。煮魚は作ったことがないと省吾は言っていたが、少し煮崩れしたものの味は良く、二人はあっという間に平らげてしまった。 普段の夕食時は他愛もない会話に花を咲かせる二人だが、今日はどちらも口数が少なかった。この後のことを意識しているのは互いに明白だった。 食後の片付けは錦が担当している。省吾と付き合うようになってから、洗い物は極力溜めなくなった。家事全般は未だに好きではなかったが、あまりに酷い有様だと省吾が家事を始めてしまい、二人の時間が少なくなるので出来るだけ整える努力はしている。 この日も普段通り、洗い物をしようと食器を下げた錦だが、省吾はそれを制した。 「今日は俺がやるから、公太郎さんは先に風呂入ってくれる?」 「風呂? それならお前が先に……」  いつもは先に省吾が風呂に入る。一応客だからと、錦なりの気遣いのつもりだ。  だが省吾は小さく首を横に振り、少々言いづらそうにもごもごと口を動かす。 「今日は……その。色々準備とかあるから。俺、慣れてないから時間かかると思うし……」  顔から首まで少しずつ赤く染めていく省吾に、なんだか気恥ずかしくなって、錦も顔を朱に色付けていく。 「なんで公太郎さんまで赤くなんだよ」  憎まれ口を叩きながら錦をバスルームへ追いやる省吾に、錦はただ黙って従った。  悶々としたまま風呂をすますと、入れ替わりで省吾がやってきた。赤かった顔はすでに平常に戻っており、様子もいつもと変わらない。  錦の住む単身者向けのコーポは狭く、シャワーの音が部屋によく響く。省吾がシャワーを浴びている音を聞いていると、なんだかソワソワした。  ポジションは違うが省吾とは何度もベッドと共にしているし、遠い昔とはいえ錦自身、誰かを抱いた経験もある。なのに、まるでこれが初めてのセックスのように気持ちが落ち着かなかった。  省吾はなかなか風呂場から出てこない。やはり初めての準備に戸惑い、手こずっているのだろうか。いや、時間がかかっていると自分が思い込んでいるだけかもしれない。気持ちばかりが急いて、時間の感覚がおかしくなっている自覚があった。  ひたすら焦れる時間に耐えていると、ようやくシャワーの音が止んだ。ほどなくして姿を見せた省吾は腰にバスタオルを巻いた状態で、落ち着いた様子だった。まるで普段通り、錦を抱くときと変わりない。 「なに、公太郎さん。変な顔して」 「へ、変な顔?」 「自覚ねぇの? 顔引きつってるけど。あんたが言い出したことなのに、そんなに緊張すんなよ」  省吾は錦の頬をほぐすように軽くつまみ、柔らかな笑顔を見せる。 「……お前は緊張してないんだな」  省吾の余裕が羨ましいと、錦は少し拗ねた顔をして見せた。省吾も自分と同じように緊張し、戸惑う様子を見せてくれていたら、せめて自分だけはしっかりしようと気持ちを奮い立たせられたかもしれない。あまりにも自然体な省吾に、錦は自分が情けなくなる。 「公太郎さんには俺が普通に見える?」 「見える」 「そっか。そりゃ良かった」 「何が良いんだ」 「だって俺、顔面にすっげぇ力込めて平静装ってるからな。本当は心臓が口から飛び出そうなほど、緊張してる」 「お前が? 嘘だろ」  省吾は本当だと呟くと、錦の手を取り、自分の胸元に導く。錦の手の平に感じる省吾の鼓動は、錦と同じように普段より早鐘を打っていた。 「な? 嘘じゃないだろ」 「省吾……」 「俺が情けない面見せてたら、あんた止めるって言い出しそうだし。好きな人の前くらい虚勢張ってでも格好つけたいじゃん」  少し照れたようにはにかむ省吾に、錦の心臓はぎゅっと掴まれる。  省吾のこういうところが好きだ。ただ格好をつけたいだけじゃなく、いつも誰かのために虚勢を張ろうとする。それは時に誤解を招くこともあるだろうが、誰かのために強くあろうとする省吾を、錦は嫌いにはなれない。  いじらしい、とも感じる。いつもこんなだから、たまには甘やかして素直な感情を表に出させたいのだ。  錦の中で育っていた緊張の芽が、しおれていくのを感じる。  そうだ。自分はこんな省吾の虚勢の仮面を剥がして、ありのままの省吾をドロドロになるまで愛してやりたいと思っていたのだ。いつも省吾が自分にするように。 「サンキュー、省吾。お前が普段通りだから、俺もなんでお前を抱きたいって思ったのか、理由を思い出した」 「公太郎さ……」  省吾は錦の名前を最後まで呼べなかった。錦が省吾の唇を口付けで塞いだのだ。  口付けなど、二人はもう何十回、いや何百回と交わしている。挨拶で交わすキスはもちろん、セックス前後に愛を確かめ合うキスですら、もう緊張することはほとんどない。それにもかかわらず、省吾はわずかに腰が引けていた。錦にイニシアチブを取られることがあまり無かったこともあるだろうが、それ以上に錦の口付けがあまりにも雄々しかったからだ。

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