7 / 32

イスラ王

 ナギが目を覚ましたのは、見知らぬ寝台の上だった。  装飾のついた豪華なエキゾチックな布が脇に垂れ、その向こうにはもうひとつ、タッセルのついた宝玉の仕切りが吊るされている。  島の自分の部屋ではない。  シラの部屋……?それともナディアの部屋……?  ぼんやりする意識の中で、ナギは、鎖の音を聞いた。罪人を拘束するアレと同じ音だ。どうしてそんなものが、部屋に聞こえてくるのだろうか。 「……う……ん……」 「気づいたのか」 「……シラ……?どうして俺……シラの部屋に……?」  戴涙式の宴で騒ぎすぎたのだろうか。ナギもシラ同様、酒が飲めない。一杯も飲まないうちに顔が真っ赤になる。酒を飲まないで、どうして記憶がないのだろう。久しぶりにシラと遊戯(ゲーム)をして、徹夜でもした?  頬に指が触れる感触があった。  もしかして自分は熱を出し、シラが一晩中看病してくれたのだろうか。子どもの頃、よくそうしてくれたみたいに。 「……ん……」  冷たい指が心地いい。頬寄せたナギが薄っすら微笑む。  指は驚いたように止まった。  そして頭上で笑い声が聞こえた。 「さすが、絶世の美男と言われる、バハル・アル・カワールの王子だけある。そんなふうに擦り寄られたら、その気になってしまいそうだ」  シラ……じゃない……!  ナギが、弾かれたように目を開ける。 「っ……」  起き上がろうとしたのに、何故か寝台へ引き戻された。左手首と右足首に嵌められた、鎖の錠のせいだった。  自分が何故そのようなものを身につけているのか訳が分からない。そして目の前にいる男が一体誰なのかも。  そんなナギの混乱は予想済みだったのか、男はナギに落ち着くよう言った。 「何もわざわざ、自分の寝室で殺して寝台を血で汚す輩はいないだろ。落ち着け。……ヨタカから、発作を起こしたと聞いた。私は奴ほど優しくない。面倒なことになっても、看病するような手間は断る」  だが言葉とは裏腹に、ナギの口へカップをつけるその仕草は、ぎこちなくも優しい。 「ただの水だ。もう十分眠っただろ。大事な話もある。もう眠ってもらう必要はない」  それでナギの記憶が蘇った。  あの時、あの軍人の天幕で、ナギは水を飲んで意識が途切れた。気づけばここに、こうして鎖で繋がれ、見知らぬ男が側にいる。 「はは……そりゃそうか。何も信用しろとは言わない。飲みたくなければ、飲まずともよい。……よろしい。ではさっそく、本題に入るとしようか」  ナギは改めて男を眺めた。  男が気怠げな視線をナギに向ける。  シラより少し年上だろうか。  その顔立ちは整っており、程よくバランスのとれた肢体が、はだけた服から窺える。  だが軍人には見えない。洗練された動きや視線のひとつひとつが、彼が高貴な身分であると告げている。  豪華な金の刺繍が入った布を下半身に纏い、だがそんな刺繍にも引けを取らない雰囲気(オーラ)が全身から醸し出ている。  只者ではない。それはすぐに分かった。 「……イスラ王……?」  男が一瞬目を丸くする。ナギは確信した。この男は、本土の国王、イスラ王なのだ。  イスラ王はナギに向かって拍手した。 「この見た目で、頭の回転まで良いとは。いいな。私の愛人にならないか」 「ここは……本土……?城のみんなは……母上は、シラたちはっ、」 「心配ない。彼らには傷ひとつない。何か勘違いさせてるようだが、今回のことは侵略ではなく、単なる視察だ。祝い事があると聞いてね。出席したくとも、招待状がない。それでお忍びで視察団を送った。驚かせてしまったことは詫びよう」 「視察……?武器を持った兵士に島の住人を囲ませておいて、何を言ってるんだ!」  いきり立つナギに合わせて、鎖の音が寝室に響く。 「こんなもので俺を拘束して、何が視察だ!」  ナギを繋ぐ鎖が当たり、サイドテーブルの上のカップが落ちた。 「気に入ってたのにな……残念」  派手な音を立てて割れたそれを、イスラ王が嘆く。しかしその声には、惜しむ様子は微塵もない。  音を聞きつけた侍従らしき者たちの、慌てた足音が聞こえた。 「大事ない。入ってくるな」  きつい声音で一蹴する。足音は即座に遠のいた。 「これでしばらく邪魔は入らない。何だったかな……?ああ、そう、話だ」 「みんなに……、家族に会わせて。会わせるまで何も喋ったりしない。俺は、宝石の在処なんて知らない。王家の誰だって知らない。竜神様だけが知ってるんだ」 「宝石、ね……。島の海の底にあるって言う、あの宝石か……。どの国も、喉から手が出るほど欲しがってるな確かに」 「宝石は竜神様が守ってる。俺たち王家のものじゃない。だからみんなも何も知らない」  本国もその近隣も、島の宝であるその宝石を狙っているのは知っていた。  必死で訴えるナギに感情の読めない目を向けていたイスラ王は、何の前触れもなく、突如笑い出した。 「ははは……悪い悪い……。君があまりにも必死で言うものだから」  馬鹿にされたのだと分かる。  ナギの頬が、羞恥で赤く染まる。  イスラ王は笑うのをやめ、目を細めた。 「……その昔、竜は人に化けることができた。知っているか」  ナギが目を見開く。 「人に化けた竜が、人と恋に落ち、交わった。そして竜と人間の半妖が生まれた。お前たち王家の遠い祖先だ」 「……なに……それ」 「聞いたこともないか?だろうな。驚かない。文献も残されていない。本国側の、海底洞窟の壁画にだけ、古代の文字と絵で残されている。解読できたのもつい最近だ」 「海底洞窟に?でも……どうして本土に?」  島の地下道では、そんなものを見たことがなかった。長年研究をしている神官たちからも、そんな話を聞いたことがない。 「で、ここからが本題だ。私が欲しいのは宝石ではない。神官や隣国には喉から手が出るほど欲しがる輩も多いが、私はそんな石に興味はない。私が欲しいのは、君の中の竜神の力だ」 「竜神の……力……?そんなもの持ってない」 「自覚がないだけだ。君の中にも流れている。竜の血の一部が。それを分けて貰いたい」 「な……にを……っ」  イスラ王は、ナギの胸のボタンを引きちぎった。はだけて露になったそこに青い花を見つけ、やっとそこに欲しいものが見つかったように嘆息する。 「海の涙の花(シーティアローズ)……。花は確かに咲いている。だがこれは八分咲きと言ったところか」  ナギの驚いた表情を目にし、イスラ王が嗤う。 「なんだ?知らなかったのか?王家のことといい、島の王族は、自分のことをまるで知らないんだな。竜神に守られた安全な島で、ぬくぬくと育ったせいか?」  その言葉には針のような鋭さと、軽蔑めいた響きが混じっている。生まれて初めてそんなものを向けられたナギは、言葉を失った。 「もう一人の王子が、王位継承者だろう。言わずとももう分かっている。敢えて君を選んだんだ。王家の末裔なら、どちらでも構わないからな」 「……一体何が欲しいんだ」 「言っただろう。竜の力だ」 「あッ」  鎖を引かれて、腕の自由を完全に奪われる。 「……滑らかで、いい肌触りだ……」  イスラ王の手が剥き出しの肌をなぞる。ナギは嫌悪で全身に鳥肌が立つのを感じた。 「……なるほど。まだ処女というわけか」  壊れた人間のような笑い方をする相手を、ナギは信じられない思いで見つめた。 「やめっ……ッ」  しなやかな指が胸の尖りを弾く。誰にもそんな触れられ方をしたことのないナギは、ただ痛みだけを感じた。  身を大きく捩っても、鎖が引き寄せられているため、その手から逃れることはできない。  イスラ王の顔が、目の前に降りてくる。 「怯えなくてもいい。痛いのは最初だけだ。慣れれば、気を失うような快楽が待っている」  ジュガーブレッド色の髪が垂れ、スパイスの混じった香がナギの鼻をくすぐる。  イスラ王の手のひらが胸を這う。  腹を撫で、その先の、ナギの木綿のズボンをすり抜ける。 「っ、やめッ……ぁ……」  敏感なところに触れられたナギが、大きく体をびくつかせた。  伴侶の営みを知らぬほど、ナギももう子どもではない。しかし自分がそんな状況になるのは、ずっと先のことだと思っていた。 「やめ……てッ……ってばっ」  涙が勝手に溢れてくる。  王家の末裔としての自尊心(プライド)も、ナギという、ひとりの人間としての大事な何かが、ナギの体から軋む音を立てて剥がれてしまおうとしている。 「心配ない。すぐに何も考えられなくなる」  イスラ王は、ナギのズボンを引き摺り下ろそうと、手をかけた。

ともだちにシェアしよう!